マガジンのカバー画像

華物語

23
運営しているクリエイター

記事一覧

金魚草

金魚草

*注意
着物の着方についてのお話ですが、着付けの専門家ではありません。そういった解釈、意図を持ってのお話でないことをご承知おきください。

「あんなはしたない着こなし、ようできたことだこと」
 毒を含んだ声と言葉に、立ちすくんだ。聞えよがしの悪態は、きっと届いてしまったことだろう。
 声の主はすぐ隣に立っていて、怒気をはらんで不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。思わず袖を引くと、なに、と強い声が自分に向

もっとみる
支子

支子

*注意
このお話には精神疾患、残酷事件の描写があります。

 姉の様子がおかしくなったのは、春を少し過ぎたくらいだった。
 よく笑う、明るく優しい姉がふさぎがちになり、言葉少なになった。いつしか部屋に閉じ籠るようになった。心配して声をかければ怒鳴られてしまうことさえしばしばあった。
 部屋に籠ったままになれば当然食事の回数、量が少なくなり、姉はみるみるうちに痩せ細っていく。家族は皆心配し、戸惑い、

もっとみる
皐月

皐月

 品行方正、謹言実直、堅物、真面目が取り柄。
 そんな評判が当たり前で、それが私の名札ですらあったような気がする。名前を聞けば「ああ、あの」の後に続く言葉があげたうちのどれかであるのは間違いなく、そしてその評価は正しいのだ。
 成績がいいのは当たり前。学級委員に選ばれるのは当たり前。なぜならば、こつこつ授業を受けてノートをとって課題をこなし、予習復習は日課でテスト前は学んだことを確認するだけにして

もっとみる
麝香撫子

麝香撫子

 私の瞳の色は、他の人と違う。みんなは焦げ茶色。私はみんなと違う色をしていた。
 変な色、とばかにされた。みんなと違うから遊ばない、と仲間はずれにされた。そんな幼少時代、私は自分の目が嫌いになったし、憎らしくも思った。この瞳を鋭利ななにかで突いてしまえば、こんな苦しみや悲しみもなくなるのだろうかと思うこともあった。
 けれど、この瞳は二十歳を越えた今も私の眼窩に収まっているし、視界は良好、ぱっちり

もっとみる
片栗

片栗

 空があんまり青いから。
 だから、私は。
 
 憂鬱だ、と顔に書いてある。
 鏡をのぞきこんだ私は、向かいに映る自分を睨み付ける。
 なんでそんなに不機嫌なの? 己に問うが答えは返らない。
 私が口を開かないからだ。眉間によったしわ、への字にまがった唇。そしてどんよりと濁った目。
 何がそんなに気に入らないの?
 わからない。
 ますます寄った、眉間のしわに右の人差し指をあてて。ぐりぐりと引き伸

もっとみる
柳薄荷

柳薄荷

 私は今日、殺される。
 物騒な話だが、目の前の事実は私にそう思わせてしまうほど、衝撃的なものだった。

 任務、未達成。

 それすなわち、死。
 真っ赤な舌と、真っ白な尖った歯。大きく開いた口からのぞく赤と白が、ぐんぐんと近づいてくる。
 とっさに手をかざしてみても、家を越すほどの巨体に対して、人間の腕二本で防げるはずもない。
 呪文を唱えようと開いた唇は、はくはくと動き息を吐くだけで全く意味

もっとみる
藤

 忠告は、重いものだった。

『囚われるでないぞ』

 ――もう、遅い。

 指がかけられた扉は、ぎしりと音を立てた。横にずれ、内部を無防備にさらしだす。
 久しく人の気配がないまま放っておかれた建物特有の空気が鼻をつき、外へと流れ出ていく。
 入れ違いのように、生ぬるく湿った外気が袂を揺らして部屋の中に流れ込んでいった。
 まるで誘われているようだ。誰もいないはずの空き家のはず。けれど、誰かにそ

もっとみる

吾亦紅

 ”言葉を必要としない愛も、存在するの。”

 証拠とするかのように差し出されたのは、赤色の小さな果実をつけたような、花。
 その言葉の意味に、気づいて嬉しくなったのは当然。

 御伽話のようなことはあるのだと、ずっとずっと信じていた。
 それこそお姫様や不可思議な冒険譚。
 ずっとずっと、信じていた。

「まぁ! わたくし嬉しいわっ!」

 また、あなたに会えて。
 彼は、父の教え子の一人。文明

もっとみる

冬薔薇②

「……………薔薇?……」

 小さな、やっと蕾をつけ、ほころび始めた花びらを懸命に空へと向けている。
 小さいけれど優美な線を描く茎には同じく小さなとげ。そして小さくとも質感を持った何枚もの紅色の花びら。
 生き生きとした花びらと、まとった氷のかけらが光る。
 それは、生命の輝きだ。
 周りの静寂が、凍ったように止まった気がした。魅入られたように、動けない。
 けれど惹かれるように指先はその小さな

もっとみる

冬薔薇①

 寒さに耐える花の美しさを、彼は見た事があったろうか。
 一面に降り積もった雪に埋もれる世界の中、凛と誇らしく咲いていたことを、私は忘れない。
 そして、彼に教えたいと思ったことを。
 彼の幸せを、願ったことを。

…   …   …   …   …   …   …   …   …   …   …

 その花は、真冬に一厘だけ、ぽつりと咲いていた。

「そろそろ、外に出ない?」

 何度目だろうか

もっとみる

撫子

 幼い頃の夢が、現実になることは、そう多くはない。
 時の経つうちに変化し、またそれ自体が消滅してしまうこともある。
 だいたいがそうだ。それが、この世界のルールと言っても良いほどの現実で。
 では、諦めることもできず、また実現することも叶わぬこの夢は、なんだろうか。

 未練、だろうか。

 それとも自分がまだ子どもなのだということだろうか。

 祝いの日は、いっそ憎らしいほどに晴れ渡っていた。

もっとみる

菜花

「っ!」
 悲鳴が、室内に響き渡った。
 次に聞こえた声に、漏れたのは安堵のため息と緩む笑み。
「おめでとうございます」
「姫御様でございますよ」
 白磁の肌に、頬にのみほんのりと赤みがさした口元が三日月に割れた。
「そう……」
 ほぅ、と一息漏らすと出産を終えた女性は眠りについた。
 深い、ふかい眠りの底に。

 見たのは、小さな希望と夢幻。
 掻き消えたそれを胸に抱いて、ここまで来たのだと、彼

もっとみる

菊華

 月を見ると、切なくなる。胸が締め付けられるような感覚で、息がしづらい。いま、自分が息を吸おうとしているのか、吐けば良いのか、戸惑ってしまう。
 なぜか、などということはわからない。
 秋は、空気が澄んできて星や月がはっきりと見える。その光は、紺色の夜空に飾りをまいたかのように、夜空に映えてきらきらしい。
 でも、それを見ようともせずに頭から布団を被って涙をこぼさないように目をぎゅっとつぶって眠ろ

もっとみる

秋桜

 コスモスの香る季節。
 また、あの手紙がやってくる……

 それは、数年前から届くものだった。
 郵便受けに、一通の手紙。封筒の中には一枚のポストカード。様々な美しい景色の描かれた。中には必ずコスモスの花が写っている。
 そして、毎年のこと、コスモスの花が一輪添えられている。届くのはもちろん、コスモスの季節。
 今年もふと郵便受けをのぞくと一通の手紙が花と共に現れた。

「母さん~今年もまた来た

もっとみる