フォローしませんか?
シェア
狭霧 織花
2024年7月7日 13:28
黒い森、とその場所は呼ばれていた。暗く、緑の繁る木々は、うっそうとしており日の光が届かないあまりに葉の色は暗く、黒いものが多くなり、同時に森そのものも同様となっていった。 昼日中においても夜のように暗いので、人々は森に入ることはなく、そのまま黒い森と呼ばれて恐れられるようになった。 そうするうち、誰かが言い出したのだ。「黒い森には魔女がいる。足を踏み入れれば獣をけしかけてくる、恐ろしい魔女
2024年7月6日 21:05
今夜は流星群が流れるのだと、朝のニュースが告げた。流星群って?と母に尋ねると、空から星がたくさん落ちるのが見えることよ、と説明が返った。どこでも見られるからと、夜更かしが許されて、みんなで庭で空を見上げていると、母が不意に口を開いた。「お母さん、星を捕まえられるのよ」 ほんとに、と聞くと空に手を掲げた母が、何かを掴んだように両手を合わせる。「ほら」 胸の前で広げられた手の中には小さな星が
2024年7月6日 12:18
いち、に、さん。 掛け声と同時、とぷん、と水面に小さな水柱がいくつか立って、しばらくすると水柱の立った場所からぷくぷくと泡が浮いてきた。さらにもうしばらく経つと、同じ場所から影がいくつも飛び出てきた。 盛大な勢いでいくつも飛び出た影はこどもたちのもの。暑い夏の午後に涼を得ようとお風呂で水浴びをしていると、「私、水の中ですーっごく長く息を止めていられるのよ」 とひとりの少女のが自慢し始めた
2024年7月5日 12:34
その魔法店は、珍しいものを売っている。薬草でも、薬でも、呪文や巻物でもなく。きらきらと光る砂糖菓子だ。一口大のそれは様々な色をしており、まるで宝石のようで、見る者すべてをとりこにした。ショーケースの中には色とりどりの砂糖菓子が並べられ、客はその中から好きなものを選んで瓶に詰めてもらって買い取っていく。 砂糖菓子にはそれぞれ色や顔料の素材や宝石の名前などがつけられているが、さらにもうひとつ、それ
2024年7月4日 12:24
ガラス越しの風景はとても退屈で、暗いばかりだった。ときおり、ゆらりと小さな光が横切っていくのを見るが、チョウチンアンコウの頭の先から揺れるものだと知っている。あれは獲物を誘うためのもので、誘われた魚がアンコウにぱくりと丸飲みにされる瞬間を見たときはたいそう興奮したものだ。 けれど、そんな興奮するような出来事がいつも起こるわけではないから、たいがいは真っ暗な闇と、ガラスの向こうに揺れる影と闇の波
2024年7月3日 12:23
風が吹いた。そよ風などではない。強く、激しく、速い、とっておきの風だ。 良い日よりだ、と額に手をかざして仰ぎ見れば、真っ青な空が視界いっぱいに広がっている。「細工は流流、仕上げを御覧じろ、ってなもんで」 にやりと笑い、手に持っていたほうきにまたがる。高台から視線の先、見下ろすはふるさとのまちなみ。 びょう、と背中に風が吹く。まるで追い立てられているようだ。 いや、事実、追い立てられてい
2024年7月2日 12:31
久しぶりに会う約束をした幼馴染との待ち合わせは、いつからあるのかわからない、古い喫茶店だった。 ドアを開くとカランカランと上部に取り付けられた鐘が鳴る。すかさず店の奥から「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」と声がかかる。 古びた店にいるのには場違いな、若い声だなと思いながらほどほどにお客の入った店内を見渡し、窓際の空席を見つけてソファにかける。 ざらりとした感触の生地は、古さを感じるのみ
2024年7月1日 17:51
太陽の一かけらがやっと地平線の向こうに消えて。それでもうだるような暑さはなかなかひかない。 思わずほう、とつく吐息に気づいたのは、隣に座る男だった。「疲れた?」 ええ、と返すとこんなに暑いとねぇと思っていたことと同じ言葉が返って、しかしどうしようもない事実に嘆く様は案外面白いと感じてしまう。 かといって疲れが消えるわけでもないし、今夜は熱帯夜は間違いないだろうという予想が容易なほどに、気
2024年6月23日 22:34
*注意着物の着方についてのお話ですが、着付けの専門家ではありません。そういった解釈、意図を持ってのお話でないことをご承知おきください。「あんなはしたない着こなし、ようできたことだこと」 毒を含んだ声と言葉に、立ちすくんだ。聞えよがしの悪態は、きっと届いてしまったことだろう。 声の主はすぐ隣に立っていて、怒気をはらんで不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。思わず袖を引くと、なに、と強い声が自分に向
2024年6月16日 20:54
*注意このお話には精神疾患、残酷事件の描写があります。 姉の様子がおかしくなったのは、春を少し過ぎたくらいだった。 よく笑う、明るく優しい姉がふさぎがちになり、言葉少なになった。いつしか部屋に閉じ籠るようになった。心配して声をかければ怒鳴られてしまうことさえしばしばあった。 部屋に籠ったままになれば当然食事の回数、量が少なくなり、姉はみるみるうちに痩せ細っていく。家族は皆心配し、戸惑い、
2024年6月6日 21:57
白いかんばせに、赤い唇、星を散りばめたように艶やかに長い黒髪。 とにかく美しい女。 彼女は、そう評されるに相応しい隣人だった。 小さな村に、女が一人住んでいた。 一人暮らしであるというのに、ゆったりと過ごす彼女は世俗からかけ離れた存在に思えた。事実、生活感がなかった。 いつ見てもしゃんと伸びた背筋にまとう和装は季節ごとの花をあしらったもので、乱れたところなどひとつも見あたらない。
2024年6月1日 21:01
夢か、幻か。 狂おしいほどに魅了するのは、優しい弧を描く唇、伏せたまつげ、胸の前で組まれた祈りの形。すべてが完璧な位置で整えられた、美しいもの。神々しいと口にすることすらおこがましいと感じながら、その美しさに酔いしれる。 ただ佇む姿のなんと神々しいことか。出会えた幸せに、死んでもいいとさえ思えた。 震える指先が、真白の肌に伸ばされる。 触れたら穢れる。けれど触れずにはいられない。ぎりぎり
2024年5月19日 22:49
品行方正、謹言実直、堅物、真面目が取り柄。 そんな評判が当たり前で、それが私の名札ですらあったような気がする。名前を聞けば「ああ、あの」の後に続く言葉があげたうちのどれかであるのは間違いなく、そしてその評価は正しいのだ。 成績がいいのは当たり前。学級委員に選ばれるのは当たり前。なぜならば、こつこつ授業を受けてノートをとって課題をこなし、予習復習は日課でテスト前は学んだことを確認するだけにして
2024年5月12日 20:32
私の瞳の色は、他の人と違う。みんなは焦げ茶色。私はみんなと違う色をしていた。 変な色、とばかにされた。みんなと違うから遊ばない、と仲間はずれにされた。そんな幼少時代、私は自分の目が嫌いになったし、憎らしくも思った。この瞳を鋭利ななにかで突いてしまえば、こんな苦しみや悲しみもなくなるのだろうかと思うこともあった。 けれど、この瞳は二十歳を越えた今も私の眼窩に収まっているし、視界は良好、ぱっちり