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文披31題:Day5  琥珀糖

 その魔法店は、珍しいものを売っている。薬草でも、薬でも、呪文や巻物でもなく。きらきらと光る砂糖菓子だ。一口大のそれは様々な色をしており、まるで宝石のようで、見る者すべてをとりこにした。ショーケースの中には色とりどりの砂糖菓子が並べられ、客はその中から好きなものを選んで瓶に詰めてもらって買い取っていく。
 砂糖菓子にはそれぞれ色や顔料の素材や宝石の名前などがつけられているが、さらにもうひとつ、それぞれに注釈が添えられていた。
 客は好みの色の砂糖菓子と共に、その注釈をじっくりと読み、内容に納得して求めるのだ。
 自然、店内での滞在時間は長くなるため客の回転率は悪い。しかし、魔法店はたいそう繁盛していたし、顧客は増えるばかりだった。
「この砂糖菓子には魔法が込められているのです」
 美しく染め上げた長い爪に飾られた、細い白魚の指で砂糖菓子をひとつつまみあげながら、店長の札をつけた女性がゆるくまつげを伏せて説明する。同じ内容を何度も話しているのだろう、その口調はなめらかで淀みがない。
「この世界において、色は力を持ちます。また、名前にも意味があるがゆえにさらに力は上乗せされています。私はその力を抽出し、凝縮し、ひとつの形に仕上げました。その結晶たるものを、お売りしているのです」
 薄い桃色の砂糖菓子は『コーラル』という名がつけられていた。注釈は『幸運を上げる。魔よけの作用あり』の記載。指はゆっくりと女性の口元まで砂糖菓子を運び、女性はその柔らかな桃色の四角形を頬張った。
 シャリリ、とかみ砕かれる音は涼やかに店内に響き渡る。
「私はささやかな魔法を皆様にお届けすることしかできません。ただ、皆様の魔法を信じる心によって、効力は高まりお客様のお力添えができれば幸いです」
 柔和な笑みの奥には砂糖菓子と同じく宝石のような瞳があり、見るものによってその印象を変えていた。変光玉とも称される瞳は、変化の魔法を扱うことのできる魔法使いの特徴だ。彼女は魔法の効力をそのものを変化させ、砂糖菓子に魔法の効果を付与することができるのだろう。
「お望みとあれば希望の魔法を込めた砂糖菓子をおつくりしますよ」
 どんなものでも、と小さな声で囁かれた。その分、と蠱惑的な声音が続く。
「対価がかかりますけれど、ね」
 レディ・メイドは特定人物向けではないけれど、オーダー・メイドは特定の効果、特定の人物に作用するためだと魔法使いは笑う。
 店に並んでいるのはささやかな魔法、おまじない程度なのだと、棚を愛しそうに撫でながらいかがでしょうかと勧められた。
「誰にでも、このお話をするわけではありません。私の作った砂糖菓子たちが、あなたのお役に立ちたいけれど、力不足だと訴えてくるものですから」
 そんなことはない、と言いたかったが、さきほどの説明からすると、願いに対して店先の砂糖菓子は力及ばないのだろう。人によってはささいなと一笑に付される話でも、人によっては大きな悩み、望みになるものだ。魔法使いのはしくれとして、知識で身についているし実感している。
 魔法使いは、自分の人生に作用する望みのために、魔法を使うことはできない。そして、自分よりも弱い魔法使いの魔法は効かない。
 目の前の魔法使いは、自分よりも強いのだろうか。
 変光玉の瞳が光を反射してまろい白と虹色に輝いた。混沌とした色は、すべてを飲み込んでしまいそうに見える。
「私の望みを、聞いてくれるのですか?」
「お望みとあれば、砂糖菓子に魔法を込めさせていただきます」
 変光玉の瞳は満面の笑みに隠されて見えない。けれど、瞳の奥に魔力を感じた。彼女はもう、自分に魔法を使うことを決めているし、依頼されることを知っている。
「では、依頼しましょう」
 魔法の込められた美しい宝石のような砂糖菓子を作る魔法使いは喜んで、と答えた。
 依頼をしたのは、人に呪いをかける力を持った魔法使い。己の呪いが他人どころか人を蝕み、やがて災いそのものとなることを知って、解呪を望んだ魔法使い。
 こうして、呪いの魔法使いの身の上は、甘い砂糖菓子の魔法使いに委ねられることになったのだった。

「いらっしゃいませ、どうぞご覧になってください。好きなお味、望む魔法が得られますように」
 宝石の砂糖菓子を売る魔法店に、いつしか店長のほかに新たな店員が立つようになっていた。
 店長のように美しくはなかったが、笑顔のかわいい、優しい口調で人々の声を聴く店員は瞬く間に受け入れられた。
 だが、ある質問をしたときだけ、その店員は顔を曇らせるのだ。
「店員さんは、食べたことがありますか?」
「いいえ、私は食べることを禁じられているんです。ですが、この砂糖菓子の美しさと効能はたくさん勉強しています。なので、お話を伺って、お望みにあうものを選ぶお手伝いをいたしますね」
 にっこり笑って店員はいくつかの砂糖菓子を勧めてくる。
 人差し指を唇に添えて、そっと囁くのだ。
「あなたのご希望の魔法に出会えますように」
 微笑む店員の瞳は、店先に並ぶ砂糖菓子のようにきらきらと輝いていた。
 砂糖菓子を買っていった客の背中を見送り、店員はほうと息をつく。
「私は魔法をかけられているので、ここの砂糖菓子を食べられないんですよ」
 砂糖菓子の魔法は、呪いを止める魔法とぶつかってしまうから、と寂し気に店員はつぶやく。
 甘いもの好きな、呪いの魔女は恨めしそうにショーケースの砂糖菓子を眺めて息をついた。
「仕方ないわ。解呪の代償ですもの」
 店じまいする姿さえ優美に、店長が歌うように声をかける。そうですけど、と店員が返しながらショーケースに布をかけた。
「店長も意地悪ですね。そんな私にこのお店を手伝わせるなんて」
「だって、お代のかわりですもの。貴女の所持金じゃあとてもとても足りなくて」
 頬に手を当てて大変よねぇとうそぶく店長に、店員は笑顔に青筋を立てて応えた。いつもいつも、店長はこうやって自分をからかうのだ。
「ねぇ、」
 人の弱みに付け込んで、とぷんすか怒りながら店の掃除を始めた店員の顎を、美しく染められた長い爪がすくいとる。
 いつか。店長は微笑む。
「私の砂糖菓子を、たくさん食べてちょうだいね」
 人でなし!と叫んだ店員に、店長は笑って答えた。
「私は砂糖菓子のお店の店長で、魔法使いだから、人ではないかもね」
 貴女も同じでしょうと言われて、店員は今度こそ黙って掃除を続けた。

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