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#海外小説

『夏草の記憶』 トマス・H・クック

『夏草の記憶』 トマス・H・クック

痛ましく残酷な、青春の愛の物語である。

南部の田舎町で、地元の医師として敬愛されているベン。しかし、穏やかな中年医師の顔からはうかがい知れない深い闇を、その心は抱えている。
妻にも親友ルークにも告げることのできない、ベンの胸に秘めた大きな重荷は、青春時代に起きたある出来事に関するものだ。

ベンがハイスクールの2年生の時、北部の大都会ボルティモアから、一人の転校生がやって来た。
浅黒い肌と黒い巻

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『二人のウィリング』 ヘレン・マクロイ

『二人のウィリング』 ヘレン・マクロイ

枯れ葉が風に舞う公園のベンチで読むなら、こんな古き良きミステリーはいかがだろうか。
アメリカのミステリー作家ヘレン・マクロイによる、精神科医探偵ウィリング博士のシリーズ9作目、『二人のウィリング』である。

煙草屋で出会った男が、自分と全く同じ名前を名乗っているのを偶然耳にしたウィリング。
不審に思い後を追ってみると、男が向かったのはとあるパーティー会場だった。
そして男は、素性を明かす間もなく、

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『ホットミルク』 デボラ・レヴィ

『ホットミルク』 デボラ・レヴィ

塩気を含んだ暑く気だるい空気。
永遠に続くような午後の日差し。
子供が叫んだスペイン語が、風に乗って響く。
作品に満ちているそんな情緒にそぐわず、内容はシビアだ。

25歳のソフィーは、原因不明の脚の不調を抱える母に付き添い、病院のある南スペインに滞在している。
そこでソフィーは母を連れて病院に通い、空いた時間には海で泳ぎ、知り合ったドイツ人女性と恋に落ちる。

舞台は灼熱のビーチサイドなのだが、

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『家の本』 アンドレア・バイヤーニ

『家の本』 アンドレア・バイヤーニ

人の家というのは、何かしら覗いてみたくなるものだ。
TVでビフォーアフターやドリームハウスが人気番組となり、他にもお家訪問の番組や企画が数多あるのはその証拠だろう。

私達が人の家に惹きつけられるのは、その住人がそこでどんな生活習慣を持ち、暮らしの物語を紡ぐのかを思い描く楽しさがあるからだろう。

*****

この小説は、1975年生まれの「私」の人生の節目節目を、その時に住んでいる家を通して描

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『壁の向こうへ続く道』 シャーリイ・ジャクスン

『壁の向こうへ続く道』 シャーリイ・ジャクスン

ごく平凡に見える世界が、近寄ってよく見てみたら、とんでもなく異常な世界だった。
そんな、「ほんとは怖い普通の世界」を描いて異彩を放つ、じんわりホラーの旗手シャーリイ・ジャクスンの長編小説。
長編小説、しかも群像劇ということで、シンプルな構成の短編小説が多いジャクスンにしては珍しいタイプの作品だ。

時は1930年台。カリフォルニア州郊外の小規模な住宅地が物語の舞台であり、そこに住む人々が登場人物で

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『ありふれた祈り』 ウィリアム・ケント・クルーガー

『ありふれた祈り』 ウィリアム・ケント・クルーガー

一年で一番好きな日はハロウィーン、二番めはクリスマス、そして三番目は、花火が見られる7月4日(独立記念日)。
しかしこの年の7月4日は、少年フランクの人生を決定的に変えることになる。

13歳の少年フランク。思慮深い牧師の父。芸術肌の母。音楽の才能に恵まれた姉。吃音を持つ弟。
アメリカ中西部の田舎町の、ありふれた家族。

歳上のワルとの喧嘩に、幼い性の目覚め。
フランクの瑞々しい夏の経験が、いかに

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『断絶』 リン・マー

『断絶』 リン・マー

意識を喪失し、日常の行動をひたすら繰り返す無限ループに陥りやがて死を迎える。
中国から広がった治療法のない謎の感染症はあっという間にパンデミックを引き起こし。。。

2012年から2016年にかけて執筆され2018年に発表されたこの小説は、コロナウイルスを念頭に置いて書かれたものではない。にもかかわらず、不気味なまでコロナ禍と類似している事にドキリとする。

「〈終わり〉は、いかにもさりげなく、気

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ティモレオン

ティモレオン

『ティモレオン』 ダン・ローズ

決して派手ではないがそこでしか味わえない料理を出してくるので、新作メニューがいつも気になる店。ダン・ローズは、例えるならばそんな感じの作家だ。

ページをめくるごとに現れる強烈なイメージ、美しい情景、忘れ難い文章。「ティモレオン」を読むことは、時間を忘れる濃厚な体験である。

雑種犬ティモレオンと暮らす孤独なゲイの老人のもとに謎のボスニア人青年が転がり込んでくると

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アニーはどこにいった

アニーはどこにいった

『アニーはどこにいった』C.J. チューダー

「陰気で、冷淡で、愛想に欠ける。閉鎖的でよそ者を歓迎しない。—————町にやってきたものを睨みつけ、去るときには憎々しげに地面に唾を吐く。」

そんな片田舎の元炭鉱町に、悲痛な過去を背負った男が戻ってくる。その目的は。そして、男が戻って来る直前にこの町で起きた痛ましい事件との関わりは。。。

最初の1ページまで最後の1ページまで、ぞわぞわと邪悪な空気

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