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『二人のウィリング』 ヘレン・マクロイ

枯れ葉が風に舞う公園のベンチで読むなら、こんな古き良きミステリーはいかがだろうか。
アメリカのミステリー作家ヘレン・マクロイによる、精神科医探偵ウィリング博士のシリーズ9作目、『二人のウィリング』である。

煙草屋で出会った男が、自分と全く同じ名前を名乗っているのを偶然耳にしたウィリング。
不審に思い後を追ってみると、男が向かったのはとあるパーティー会場だった。
そして男は、素性を明かす間もなく、ウィリングの目の前で毒によって死んでしまう。。。

彼は一体何者であり、なぜ殺されたのか。
彼をパーティーに招待した富豪の老婦人は事件にどのように関係しているのか。
そして、彼が死の直前に口にした「鳴く鳥がいなくなった」という言葉の意味とは。

老婦人の甥は利害関係的にも怪しいし、抜け目のなさそうな様子も信用できない。ウィリングの知り合いである美しい人妻は、軽薄な部外者のようでいて実は事件の真相を握っているようにも見える。老詩人のおとなしい娘は何かに怯えている様子だし、アルコール中毒の実業家夫婦も怪しい。
登場人物が全員何かありそうだし何もなさそう、という設定にわくわくする。

ニューヨークの上流階級を舞台にした正統派のクラシックミステリーは、ページをめくる手を加速させるサスペンスの妙はもちろんのこと、人物描写に光る作家のセンスと毒舌も堪能したいポイントだ。

新来の客は、自分のタバコの好みに頑なにこだわるタイプには見えなかった。むしろその正反対に見える。──広告キャンペーンで、声高に宣伝されると、催眠術にかかったようにその圧力に屈してなんでも買ってしまうし、誰にでも投票してしまう“永遠のカモ”だ。小柄で太った、だるそうな中年男だった。眉とあごは、突き出た鼻と飛び出たような目のせいで引っ込んで見える。唇を固く引き結び、不機嫌そうに口をゆがめている。具合が悪いのか?心配事でも?それとも、ただ顔の作りが悪いだけなのか?

謎の男の登場シーンからさっそくこのように軽妙な毒舌が展開されるし、ある女性については「結婚、出産、社交上の付き合い、ドレス、使用人、家事といった女の領分では成功しても、それ以外の領域に入り込むと五里霧中になってしまうタイプの女性」と鋭く一突き。
一方で、美しい女性の姿形については、細部をすくい取るような描写で、字面を追うのも甘美で楽しい。
豪華な客間や寝室、召使が運んでくる朝食やお茶のセットなど、大道具小道具も楽しく想像しながら読みたいところ。

公園のベンチが寒くなってきたら、続きは家の中で。
英国ミステリーならば紅茶だが、こちらはアメリカものなので、酸味の効いたコーヒーとドライフルーツたっぷりのケーキをお供にするのも良いかもしれない。
上質なミステリーで充実の秋冬読書をぜひ。