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おにぎり メイド・イン・ジャパン|コラム




知り合いが握ったおにぎりを食べることに抵抗はありますか?

ラップで包まれていない、素手で握ったやつです。

私は昔から抵抗なく食べていたのですが、いつからか若干の抵抗を感じるようになりました。


友達のお弁当が抵抗のキッカケに

思い返せば、赤いソーセージがキッカケだったような気がします。
中学時代の友人の『これあげる』という声とともにお弁当箱から出て来た赤いソーセージ。
楊枝に刺さったやつ。

私は喜んですぐに口に入れました。
けれど、何かが違う。
思ってた味と違う。
まずい訳じゃない。
ただ、味覚系統がビックリしている。

そもそも赤いソーセージを食べたことが無かったから、赤いソーセージの味にビックリしているのだ。

どうしよう、吐き出す訳にもいかなし…。
咳込む振りをしてお茶で流し込み、何とか凌いだ…と今でも信じている。

それ以来、人のうちの食べ物を少しだけ警戒するようになりました。


食中毒のニュースが追い打ちをかけて

次に外的要因が攻めてきます。
食中毒のニュースです。

もちろん、重要なニュースを伝えてくれているのは分かります。
しかし、素性の分からないものを食べてはいけないという意識を過剰に刷り込むことになってしまいました。

まぎれもなく "知り合いが握ったおにぎり" ですから、握った人の素性は分かり切っているのです。
しかし、ここでの素性とは、おにぎりを握る過程や材料、転じて家庭の衛生環境までを指しているのでしょう。

こんなことを考え出すと、もはや全く知らない人の方が信用できるのではないかとすら思えます。

ところで、食中毒ですが、大人になった今は、産業構造の変化(分業化)や気候問題等、種々の要因が絡むことが理解できます。
難しくなっていますね。


コンビニのおにぎりに置いている絶対的な信頼

コンビニのおにぎりには、何故か絶対的な信頼を置いています。
細かい素性は知らないのに。

何故でしょう。
コンビニのおにぎりであれば、衛生管理が徹底された環境で作られている。
何となく、そういう情報を聞いているから。

そんな具合ではないでしょうか。


メイド・イン・ジャパンという表示を見て安心するのと似ていませんか?

知り合いが握ったおにぎりに抵抗を感じて…、
コンビニのおにぎりを信頼する…、
この状況。

コンビニのおにぎりであれば、衛生管理が徹底された環境で作られている。
そうですね。間違いないでしょう。
しかし、その衛生管理が徹底された環境で働いているのは、私たちと変わらない普通の人々です。
あえて言うならば、私からは素性の分からない人々です。

メイド・イン・ジャパン。
文字通り、日本製。
日本製だから安心。

しかし昨今では、
最終の加工をした場所が日本ならばメイド・イン・ジャパン…
最終の梱包をした場所が日本ならばメイド・イン・ジャパン…
と各産業界ごとに議論するような有様です。


メイド・イン・ジャパンとは、そんなに価値のあるものなのでしょうか?

詳細は専門書に譲りますが、かつてメイド・イン・ジャパンとは、そんなに価値のあるものだったのです。
大量生産品に限りますが。

第二次世界大戦に負けた日本は復興の過程で、安い労働力に任せ粗悪品ばかりを造り、世界から馬鹿にされていました。
この状況を覆そうと、海外の助けも借り、先人たちは大変な努力をしました。
この結果、
・不良品を出さない管理方法
・常に改善を行うことで無駄を無くしていく手法
といった日本独自の生産手法を確立しました。

単に日本製を超えた意味を持つ "メイド・イン・ジャパン" とは、この生産手法で作られた製品を指していました。
メイド・イン・ジャパンであれば、決して不良品に当たることは無かったのです。


歴史の長いメイド・イン・ジャパンは、今でも変わらず価値があるのでしょうか?

それにしては企業の品質面の不祥事が多いと思いませんか?

実は、"メイド・イン・ジャパン" を支えた生産手法が、海外で徹底的に研究され、良いところだけ真似されてしまっているのです。
科学的に根拠のある手法ですから、競争社会では必然的な現象ですね。

この為、日本では、"メイド・イン・ジャパン" をある意味でブランド化し、高級品の生産へとシフトしたり、職人技による逸品製作へとシフトしていきます。
つまり、当初とは違うものの名称になっているのです。

あくまでも大量生産でこそ価値を発揮した "メイド・イン・ジャパン" 。
ところが、多くの大量生産工場が海外に移転してしまいました。
"メイド・イン・ジャパン" の手法で生産しているにも係わらず、日本製ではないのです。

そして、魂を失った元来の意味の "メイド・イン・ジャパン" が日本国内に亡霊のように浮遊しています。
この亡霊たちが品質面の不祥事を引き起こしているのでしょう。


知り合いのおにぎりを食べたり、ラベルを見て安心できるのは幸せなこと

さて、あれこれ考えてみましたが、知り合いが握ったおにぎりに戻ります。
知り合いが握ったおにぎりは、まぎれもなく日本製です。
ある意味では、ずっと前から "メイド・イン・ジャパン" であったのではないでしょうか。
だから私は食べます。ほんの少しの抵抗も味わいとして。

コンビニのおにぎり。
抵抗なく食べます。
今は世界標準の衛生管理手法ですから。

"メイド・イン・ジャパン" 。
大きく表示されていたら疑います。
もはや抽象的な表現であって、品質不良やら異物混入やらが無いという信用にはなりませんから。

仕方のないことですが、私たちは、どうしてもラベルに騙されやすいです。
いい加減なものです。
それでも、ラベルを見て安心できるとすれば、それはとても幸せなことではないでしょうか。

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