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試着室に飾る、朝焼けのような言葉を選んだ。

ある日、あまりやったことのない種類の

お仕事でお声をかけて頂いたことがあった。

言葉を選んでください。
DJのような役割を、していただけたらと。

ファッションと雑貨ショップのフィッティング
ルームに飾る言葉です。

詩でもいいし、小説の一節でもいいし、俳句でも
なんでも歌詞でもいいですから。

そんなメールが、思いがけず届いた。

その方には一度声をかけて頂いて、いろいろな

事情があって、連載が打ち切りになった後の

出来事だった。

数年経っていたような気がする。

もう一度、チャンスが巡ってきたんだ。

そう思って、心の中では伊藤沙莉ばりの

声でマジっすかってしずかに叫んでいた。

わたしのそばにもうひとりの

言葉の神様がいるなら、降りてきてほしい

そんな気持ちで、仕事をした。

気が付くと、はじまりもおしまいもない

言葉選びに何を基準にしていいのかさえ

わからなくて。

楽しさは日々増すのに、ゴールがみえなかった。

正解がわからなかったのだ。

そしてわたしは第一弾の言葉を大量に選んで、

出典を添えて送った。

そうしたら、憧れの方から、いいですねって

返事が返って来たので、あれでよかったんだって

思っていたら、その次に続く文章に目が留まった。

わたしが、先人たちのあふれんばかりの

言葉の海に溺れそうになっているのを察して

くださったその方が、助け舟のように差し伸べて

くれた言葉が、今も忘れられない。


ひとやものやいきものたちとなかよくすること。
向上すること。
できなくても、できるだけ明るくすること。
そして、生きることは捨てたもんじゃないんですよ、
ってことをフィッティングルームで、言葉をふと
目にした人が感じるような、そんな観点がもうひとつ
あると、いいのかなって

こんな言葉を頂いた。

黄昏ていた言葉に朝焼けが差し込んだような。

たぶん、その頃のわたしはつまらないとある

ことで破れかぶれになっていたので、おのずと

ネガティブな言葉ばかりを選んでいたのかも

しれない。

それは、無言のうちに。

差出人が誰かも書かずに、そっとポストに
手紙を入れてくれていたみたいな

そんな経験だった。

フィッティングルームって、ちょっと

飛躍して考えると、新しい服と共に

生きてゆくんだって、しずかな希望が

芽生える場所かもしれない。

プライベートの自分で選ぶ服は、

どこか未来の匂いをまとっていてほしい。

だから試着室で目にする言葉は、それを

みかけた人が、明日も生きていたくなる

ような言葉じゃないといけないんだって、

あらためて気づかされた。

アドバイスはしないんですよって仰って

いた方からの、とても温かいナビゲーション

だった。

そしてわたしがその後、

選びなおした言葉を少しだけ

ここに紹介したい。

◆詩

木を植える
木は
夢の背丈も
越えてください

高橋順子『四行詩の道草』(抄)17より。

◆詩

あかちゃんが あくび した
おはなが さいたみたいに
あのまま とっておきたかったね
おかあさん
おとうさんが おかえりまで
あかちゃんが いつか
おばあさんに なる ひまで

まど・みちお『あかちゃん』

◆詩

うまれたときから ふたりは
むかいあって さいてました。
それが なぜか はずかしく
まだ こえを かけたこともありません。
すまして しずかに
くちを とざしています
かぜのひは からだが ふれないように
つきのよは かげが ふれないように
でも むねは いつも どきどきしています。

のろ さかん『ふたりしずか』

◆詩

山のあなたの空遠く
『幸』住むとひとのいふ。
山のあなたになほ遠く
『幸』住むと人のいふ。

カアル・ブッセ 上田敏・訳
『山のあなた』

◆詩

なにもがいっぺんにわかったとき
そこにあなたがいたのだった
パリの少年のように気難しい顔をして
僕の左の肩に手を置いて

黒田三郎・『突然ぼくにはわかったのだ』

◆短文

そのとき、ぼくにはなぜか 透き通った夜空の星が見えていた。
そして、頭のなかの星空だけでなく、とにかく、本物の、星空が
無性にみたくなった。本当にきれいな星空を。

大橋仁・『スイッチ』誌 PHOTOSTORY

◆短文

つりにいこう ざりがにつれた もちついた

佐内正史『スイッチ』誌 ON THE MOVE

◆コトバ

だってそうだろう。捨てる道など決して無いのだ。あなたにとって。
そして、道は、どこかでつながってゆく。

BIKKE 詩集『あきれるほどのゆくえ』

◆コトバ

たくさんの夜の山を登って越えて
ここまでやってきた。
今度の山は、なだらかで
それていてとても高い。

奈良美智『Slash With Knife』

◆詩

きゅっと孤独が
あたしを抱いてくれる時があって
あたしはコロッとだまされる

何かした?

木坂涼『ツツツッと』

◆短歌

白い手紙がとどいて明日は春となるうすいがらすも磨いて待たう

斎藤史

◆作詞

あせらないで のぼること
坂の途中 もう息が 切れそうな時 電話をしてよ
休まないでのぼること 君ならできるよ

スガシカオ・『道の途中』

◆作詞

誰もいない 町の中で ぬれてさまよう
あなたのこと だきしめた日
いつかあなたを 知る日が来ても
愛してるよ
たとえ
あなたが 誰であっても

大貫妙子『Rain』

◆作詞

過ぎ去った 遠い日の夢が 忘れられなくても
夕陽よりも先に 輝くあの星に
気づいてくれますように
くり返す 毎日に追われながら
暮らしていても
雨上がりの 君の 町に かかる虹に
気づいてくれますように

宮沢和史『遠い街で』

今、抜き書きしながらああ、これは

フィッティングルームに訪れる

見知らぬ誰かを励ます言葉というよりは

わたしが出会いたかった言葉なんだと

知った。

なにかに凹んでいるとき、落ち込んだ

気持ちばかりに流されないように。

わたしは今も、あの言葉を思い出しながら

つたないけれど、言葉を選んでいるような

気がする。








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