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実はノンデュアリティは梵我一如みたいなものだった?!岡本直人「初めての非二元・ノンデュアリティ」

実はノンデュアリティは梵我一如みたいなものだった?!岡本直人「初めての非二元・ノンデュアリティ」

このように、個人の私(風船の中の空間)はブラフマン(大空の空間)と同じであり、その本質は何も変わりません。

本書より

この風船のたとえは、梵我一如(ぼんがいちにょ)をわかりやすく説明してくれる。

個人の私が、個人我(アートマン)なんだよね?

ブラフマン(梵)とアートマン(我)が同一である(一如)という考え方が梵我一如なんだ。風船のたとえでわかるでしょ。

風船の中の空間(我)は、ゴムで大空の空間(ブラフマン)と分けられているから、一見「個」に見えるけれども、割ってしまえば、ブラフマンと同一になるよね。実にわかりやすく、梵我一如をあらわしているね。

この世は、ブラフマンだけが実在。

この世はブラフマンだけが実在なんだ。この世界はブラフマンだけなんだ。ブラフマンは抽象的にしか捉えられないから、「それ」と呼ばれ、この世界がブラフマンにより生まれたこと、この世界がブラフマンの現れであることを「それしかない」という。

ワンネスだね。まさに。「それ」とか「それしかない」という表現がノンデュアリティ(非二元)っぽい。

で、さっき書いたように、ブラフマンとアートマン(個人我)が同一であるという梵我一如は、「個」に見える存在が、実は、「それ」と同一であるということを示す。

まさにワンネス・ノンデュアリティは梵我一如みたいなものだった、だね。

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