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武田敦
2024年1月31日 07:00
それで、会話は途切れた。わたし達二人(?)とも、何となく黙り込んでしまった……心が読める二人の間で沈黙なんてものがあるとすればだが…… わたしは、悠然と滑空するエリザの首筋につかまりながら、気流がその強さを増してきていることに気付いた……太陽はどんどん高くなっていく……エリザは、ちょっと体の一部を動かすだけで、自在に虚空を切り裂いていった。 『そろそろ行きましょう!』 彼女は、この時を待っ
2024年1月30日 07:00
『どちらも違うわね』 「?」 『トリックがあるの』 「トリック?」 『もし公園には彼らは入れない、となると、私達は、大挙してその地に移住することになるわ……もともといた部族と争いが起きるわね』 確かにそうだった。 『公園への彼らの立ち入りは、何の前触れもなく、突然解除されるの』 ……そういうことか……殺戮の為のおぞましいシステム…… 『それには何のパターンもなく、結局、長い目で見
2024年1月29日 07:00
「はあー……」 とても気持ちのいいため息が出た。 「今気付いたんだけど、エリザ、この盆地に、人間は住んでいないのね?」 エリザは、少し羽ばたいてから答えた―― 『そう。素晴らしい所なんだけど、人がたくさんいる海岸地帯から隔絶された山岳地帯の中にあって、しかも、昼夜、季節の寒暖の差が激しい……あなた達の言葉で何と言ったかしら、自然保護区?』 「保護区……」 『……公園に指定されているよ
2024年1月28日 07:00
彼は、最後にもう一度わたしに視線を据えた後、しなやかな身のこなしでエリザの横に並んだ。 ――二人で何か会話を交わしているようだ。……テレパシー?…… わたしは、ヒューヒュー吹き付ける風に、たまらずゴーグルをかけ直した。 やがて、何事もなかったように、赤い鱗の巨獣は去って行った。 『彼、あなたのことが気に入ったみたい』 「えっ?……」 わたしには、エリザが愉快そうに笑っているのではない
2024年1月27日 07:00
『他のデビル達が、私の背中にいるあなたに気付いたみたい――』 彼女が言い終わるか終らぬ時、彼女の言葉を待っていたかのように、わたし達の頭上に影が差した。 ぎょっとして見上げると、エリザより一回りは大きい、毒々しい赤みを帯びた鱗のデビルが、カッと目を見開いてわたしのことを見下ろしていた……5標準メートルもない…… エリザとその巨大なデビル――わたしは、オスに違いないと思った――は、大空に同じ
2024年1月26日 07:00
いかに多くのデビルが舞っているとはいえ、広大な空間だ、他のデビルとの無用な衝突を避けるという意味もあるだろう、至近距離でほかのデビルとすれ違うような場面はほとんどない。 しばらくして、エリザが、広く開脚した足を少しすぼめた。途端に、空間の一点を目指して滑空のスピードが上がった―― (どうしたの!) 『ちょっとお腹がすいてるの!』 空間の遙か先に、何か黒い染みのような粒粒がもやもやしている
2024年1月25日 07:00
どれくらい経ったろうか、全く時間感覚が麻痺した中で、突然エリザが四本の脚を広げた。……実際には目を瞑っていたので、逞しい首筋に伝わってくる筋肉の動き、そして、被膜が広がったに違いないバサッという音で分かった。 落下速度に急ブレーキがかかった。 同時にわたしの全身、そして顔が、エリザの体の中に埋もれてしまうかに思えた。 その後、文字通り爽快なグライダー飛行が始まった。――実際に乗っていると、
2024年1月24日 07:00
彼女の前脚の爪が崖っぷちにかかり、首が、完全に断崖の上に出た。その逞しい首にしがみつきながら、思わず下を見たわたしは、その落差に驚愕した――100標準メートル単位ではなく、キロメートル単位の断崖だった。遥か下の密林が、絨毯の模様のよう……流れている川は、まるで巨人の落としたヌードルのようだ…… 風の音……下からの力強い気流で、耳がピュウピュウ鳴る…… わたしは、上半身が徐々に下向きになってい
2024年1月23日 07:00
『その帽子、顎紐はある?』 「あっ!」 確かに、このままでは飛び立った瞬間に吹っ飛んでしまう。……それにしても、帽子の顎紐、何て概念まで把握できるなんて、デビルの知性には目を見張る…… 改めて帽子をかぶり直そうとして、わたしは、制帽のひさしの上に乗ったゴーグルに気付いた。まるで帽子の飾りの一部のようで、今まで気にも留めてなかったけど、これを使わない手はない。 顎紐をきつく締めた後しばしの
2024年1月22日 07:00
『近くの村まで連れてってあげる……村と言っても、人間たちが何やら地面を掘り返してる所だけれど』 鉱山町に違いなかった。……すぐにエリザとお別れとは寂しかったが、ありがたい話だ。わたしは、余計なものは置いてくことにした――水の入った背負い鞄、食糧もそんなにたくさんはいらないだろう、救急キット……ちょっと迷ったが、捨てていくことにする。 エリザが、前脚を伏せて、首筋を傾げてきた。 (よし、乗っ
2024年1月21日 07:00
『あなたはしっかりこの毛につかまってればいい。後は、私が鱗でがっちりあなたを押さえてあげる』 わたしは、頷いた。……よく見ると、丁度デビルの幼獣が母親にしがみつくと思われる辺りの鱗は、前向きに開く鱗と後ろ向きに開く鱗が、交互になっていた……赤ちゃんがしがみついて飛ぶんであれば、何も危険はないように思われた。――デビル・ハンターの真似をする必要は、全くないのだ。 『……どう、決心付いた?』
2024年1月20日 07:00
わたしは、ごくりと唾を飲み込んだ。 『見て!』 エリザは、彼女の首筋の鱗を、バリバリ、バリバリと立てて見せた。 わたしは、あっ、と声をあげていた。 子供のデビルの鱗は指先ほどの大きさだったが、彼女の鱗は、改めて見ると優に30標準センチはある。立った鱗のしたには、毛のようなものが密生していた―― 『デビルは、思春期を迎える頃、子供のころあった鱗とは別に、大きな鱗が生えてくる……そして子供
2024年1月19日 07:00
わたしとエリザは、顔を見合わせた。 言うまでもないことだが、この期に及んで、わたしは、怖じ気づいていた。空を飛ぶこと自体もさりながら、一体彼女の体のどこにつかまれというのだろう。振り落とされるとしか思えなかった……わたしには、デビル・ハンターのようなボディ・スーツも装備もない……耳をつまんで進む方向を指示するとか言ってなかったろうか……無理よ! エリザが、笑んだように見えた。 『私達の赤ち
2024年1月18日 07:00
『わたしが、人間の名前を持つことになるなんてね……』 その後、彼女……エリザは、恋の舞について――生物学的に言えば、ディスプレイってことなんだろうけど、既に、わたしの心の中でマウンテン・デビルは動物じゃなかった――、それが、とても危険な飛行であること、危険であれば危険であるほど愛情の強さを表していることなどを、具体的に身振りを交えて語ってくれた。本来グライダーとして飛び続けなくてはならないもの