平日_昼下がりの電車のこと_横_

平日、昼下がりの電車のこと


がらんとした電車は良い。

朝は、ただ、人間を運ぶことに徹している鉄の箱が
いくらか余裕を持ち始め、まるで「茶でも飲むか」と言い出しそうな空気感がおかしくて好きだ。

快晴とは言えないが、天気も良く過ごしやすい陽気で
どこかで春を含んだ風が、発車を待つ車内にやわらかく流れていた。

生きることが重たくなってしまった日、わたしは仕方なくそういう電車に乗る。


PM 3:50


何駅か過ぎると、私立の小学生がわらわらと乗り込んできて、空いてる席に散った。

きちんとした制服に、型崩れのしない通学帽。
保育園から義務教育、それから高校まで、すべてが公立育ちのわたしにとって、それらはいつでも高尚なものに思える。

わたしの隣には男の子が座り、その前にもう一人が立った。
ふかふかとした座席を、占有する領域が大人の半分ほどであることが、その幼さを感じさせる。
ふたりで駄弁るのだろうかと思いきや、どちらもそれぞれ本を読み出したので、再度「高尚だなあ…」と驚いた拍子におもわず席を譲ってしまった。

同じ頃、わたしはもっとあっけらかんと日々を消費していたと思う。

この子達は今日、朝起きて、きちんと制服を着て、これと反対方向の電車で大人の足元でぎゅうぎゅうに押しつぶされながら学校へ向かい、授業を受け、そしていま、まっすぐ帰路についているのである。
それをそんな小さなからだで毎日こなしているというのだから、やっぱり高尚と言っていい。たとえ家の最寄りがあとひと駅だろうと、どうか存分にお座りなすってくだせェ、と、思った。

それにわたしは今日、何も頑張っていないのだから。

頑張っていない自分の体を、座席のはしっこと扉のあいだのあの特別なスペースに収めて、しろいイヤホンで両耳を塞いだ。
最近はとびきりお気に入りの曲も無くて、なんとなく好きだったひとが好きだったアルバムを聴いた。いつもより大きめの音量で、なんとなく聴いた。飽きやすい人だったから、今はもう他のバンドが好きなのかもしれない。

「好きなひとが好きだったから」という理由だけでわたしの耳に飛び込んできたこの曲も、当時は聴くのもこっぱずかしかったはずなのに、悔しいかな、いまさら「いいな」と思っている。

電車の扉にもたれて、差し込んだ光に目を細めれば、わたしたちはいつでも歌の主人公になれるのだ。

べつに、ノスタルジックやセンチメンタル、エモーショナルという類を大好物とする人種でなくとも、誰しもが、なにかの場面で主人公になっているはずで、
それは俗に言う「感情移入」とはまた違った感覚で、歌や曲がからだのなかの隙間を見つけては上手にスッと入り込み、沁みわたるようなアレ。

だから、歌は売れる。

文章は、売れるだろうか。

果たして、文章に音がついてるのか、音に文章がついているのか。
そこらへんは議論しないほうがいいと思うけれど、よくよく読んでみれば意外と平凡で、突つきたいところもなくあっけらかんとしていたりするから、わたしはいつもそれが不思議で、だからわたしたちが簡単に聴くような歌にはやっぱり音に文章がついているのだと勝手に思っているのだ。

そしてまた、これをどこかで書いたらいいんじゃないかとどうでもいいようなことをいちいちiPhoneのメモに残しては、ささやかな悦に浸るのである。

わたしは、そういったことでしか日々を食いつなぐことができない。

いつかは、誰かのからだにスッと沁みていくような文章が書けるのだろうか。その文章は、数多あることばの海をただよって、どのくらいの人が出会うのだろうか。その何割が良いとして、生活の潤いとして認めてくれるのだろうか。社会は、そういう役割を担わせてはくれまいか。

些かな自信でさえいまは恋しくてたまらないが
それらをどのように得るのかをどうやら忘れてしまったようだ。


電車を降りればそんな平凡からは容易く引き千切られ、わたしのからだはいっしょくたに新宿へと溶けていった。


- aoiasa
20180208


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最後までありがとうございました。 〈ねむれない夜を越え、何度もむかえた青い朝〉 そんな忘れぬ朝のため、文章を書き続けています。わたしのために並べたことばが、誰かの、ちょっとした救いや、安らぎになればうれしい。 なんでもない日々の生活を、どうか愛せますように。 aoiasa