見出し画像

秋うらら

私の住んでいる家は、熊本市内から車で約二時間位の場所に位置し、父のごとく大きな山と、母のように優しい海に囲まれた、観光地にあります。

家の周りにはコンビニなどもなく、何をするにも車での移動が必須です。

子供たちが帰省した時など、帰りは必ず駅やアパートまで送って行くので、車の中でいつもいろんな話をします。

朝日を浴びながら走る日もあれば、夕日と挨拶を交わしながら家路に着く時もある、もう何年も通った海辺の道路は、ある意味家族の一員です。

幾つも連なる大橋を渡る時は、トンビが並走してくれます。

私には二人の子供がおり、息子が二十一歳、娘は二十歳です。

二人とも性格はバラバラですが、ひとつだけ、共通している特性、クセがあります。
車に乗ると、あっと言う間に気持ち良さそうに寝息をたて、すやすや眠ってしまいます。
まだ小さい赤ん坊の時から全く変わらないので、つい笑ってしまいます。
寝顔も、生まれた時と、ほとんど同じなので、人間って本当に不思議な生き物だなぁと思います。

いつだったか、二人がまだとても小さい頃、いつものように車を走らせ大型のショッピングモールに買い物に出かけました。

子供服を買い、夕飯の食材を見た後、二人の念願であるおもちゃ売り場を歩き回っている時にその事件は起こりました。

「しゅんは仮面ライダーの変身セットやね!それじゃぁわかなのを今度は見つけようかね?」

と振り向いたはいいのですが、あれま!?こりゃどうしたことか、ついさっきまですぐそばにいたはずの娘の姿がありません!!

しまった!!

まさか・・

迷子になったか!?

「しゅん!!わかなは?隣にいたでしょ?」

「パパ!おれも分からん。目を離した隙にどこかに行ってしまった!」

息子の手を引き近くを探しても見つかりません。

ならばとおもちゃ売り場のレジの人に尋ねても分からない。

これは困った、大変だ!!

息子を抱っこしてエスカレーターで一階のインフォメーションを目指して猛ダッシュ!

いえ、迷子のお子さんは今のところ・・・

ありがとうございます。
何かあれば教えてください!

挨拶やお礼もそこそこにその場を後にしたまではいいが、やれやれどうしようか、どこに行ったんだろうか?

不安と心配でふと我にかえると、おや!?いつの間にやら外は大雨だ!

雷様まで仕事をしている。

どうしたものか、いや、落ち着け落ち着け。

でも何かあってからでは手遅れだ!

どうしよう?どうしたらいい?

慌てるべきでは?

いやいや、父親が焦っては元も子もない・・

じゃぁどうする・・?

などとあたふたしていると、

なんだか聞き覚えのある大きな泣き声だ!

「あ、パパ、わかなの声だ!わかながいた!!」

息子が指差し、手を振る方向に目をやると、見知らぬおばさんに手を引かれた娘が目に入る。

娘は声にならない声を必死に絞り出しながら私の方へと走って来ます。

あら、よかったよかった、やっとお父さんに会えたねぇ!

その優しいおばさんのおっしゃるには、こんな経緯であったそうな。

買い物を終えて駐車場に向かうと、小さな女の子が雨の中泣いている。

パパ!パパー!!と、髪も顔も濡らしながら大きな声で叫んでいる。

しゃがんで話を聞くとどうやらお父さん、お兄ちゃんがいなくなったとのこと、それで不安になって走り出し、気がついたら無意識のうちに外に出てしまい、どうしていいのか、とにかくお父さんを呼び続けていたと。

「外は大雨でしょう?濡れたら風邪引くし、車も多くて危ないから、お店に一緒に入って二人でお父さんを探しましょうって、手を繋いで今お店に戻って来たところなんです。あぁ、でもよかったよかった。お父さんに会えて良かったねぇ。不安だったねぇ。寂しかったねぇ。お父さんとお兄ちゃんが急にいなくなったんだから、何か好きなおもちゃでも買ってもらったらいいんじゃない?」

そう言うと、娘の頭を撫でて下さった。

「本当にありがとうございました。おかげで助かりました。なんとお礼を言って良いやら。」

私は何度も頭を下げました。

「いえいえ、どういたしまして。可愛いお嬢ちゃんですね。またねわかなちゃん!」

駐車場へ向かうその温かい背中に三人でゆっくりお辞儀をしている時も、娘は嗚咽しながらずっと泣いていました。

「わかな、ごめんね。パパが目を離したけん、迷子になってしまったね。人も多いけん、これからはちゃんと手を繋いで歩こうね。それからさ、もしだよ、もし万が一離れ離れになっても、絶対外には出ないこと!パパは必ずお店の中にいるし、外に走って行ったら危ないから。約束よ」

「何か買おうか?何が欲しいんだっけ?」

「シルバニアファミリーセットとシャボン玉!!」


やがて買い物が終わる頃も、娘はまだ少し泣いています。

車の中で兄妹で何やら会話しています。

「わかな!パパとおれがいなくなったってさっきのおばさんに言ったやろ?わかなが急にどこか行っていなくなったくせに!!おれたちが悪者みたいに思われたやんか!?どこに行ったんね?心配したんやぞ!!」

「シルバニアファミリーはすぐに見つかったけど、シャボン玉が売ってあるとこが分からんかったからちょっと探しに行ってみた。そしたらパパとおにいちゃんがいなくなってた」

「いなくなってた!じゃなくてわかながいなくなったんやろ!怖がりのくせにひとりであちこち行くから迷ったんぞ。おれとかパパと一緒に探せばよかったやん?ずぶ濡れでたぬきの子供みたいになってるやん。」

「だってシャボン玉が。」

娘は泣き、息子はぷりぷり。
その様子をうかがっていた私は我慢出来ずに大笑い。

まぁまぁ、みんなで注意して、こらからもたまにはお買い物行こうね、パパもお金貯めとくけん、次は映画に行こうかね!

いつの間にか二人ともいびきと寝息を器用にも交互に奏でながら、小さな、壮大な冒険の疲れもあってか気持ち良さげに眠ってしまいました。

缶コーヒーを飲みながら車を走らせ、よし、あと半分くらいで家に着くなぁと考えていると、娘が目を覚ましたようです。

つられて息子もお目覚めのようで、トイレ休憩も兼ねて海浜公園を少し歩く計画を立てました。

「パパ、わかなシャボン玉したーい!」

「あ、おれもー!」

どうやら保育園で、シャボン玉の童謡を先生に教わったらしく、それで娘があんなにシャボン玉を欲しがっていたのかぁと、ひとつ謎が解決したような爽やかな気持ちになりました。

その心を映してくれるかのように、いつの間にか雨もあがり、清々しい秋の夕方です。

三人並んで海に向かってシャボン玉を飛ばすと、近くの海鳥も楽しそうな歌を口ずさみ、彼方に架かる淡い虹に負けじと、娘の小さなシャボン玉もゆっくり、ゆっくりゆっくり飛んで行きます。

「おれのシャボン玉、パパ、こんなに大きく膨らんだ!」

と言った瞬間、息子のシャボン玉が弾けてしまい、みんなで笑います。

「せっかく大きな形になったんだけん、急に喋らずにフワって優しく離してあげれば壊れないよ」

小さなシャボン玉に大きなシャボン玉。

あっちに飛んだりこっちで止まって遊んでふたつくっついている。

まるで人生そのものだ。

妻を亡くし、二人の子供を連れて実家に帰って来た時、明日の計画も未来の予定も何も見えず、ただただ暗闇の中、心の中で泣いていたような、そんな気がする。
か弱い希望の風船も、雷雨の中で飛ばすにしぼんでいた。
けれど、子供たちはいつも明るく元気に走り回り、暗い闇や怖い霧を吹き飛ばしてくれた。

泣いたり笑ったりの忙しい生活だけれど、強く、逞しく、優しく、いつまでも仲良く、飛んで行きたいなと、ゆっくり空を目指すシャボン玉を眺めながらそう思った。

かぜ、風!もっと吹け!

絶対に破れないぞ!

屋根だって、山だって雲だって、虹だって越えるほどに高く、

飛んでゆけ!

飛んで行こうよ!

そんな風に、強く誓った。


大学生になった子共たちを車に乗せると、今でも当時の思い出話に大輪の花が咲き乱れる。

「わかなさ、アホやん。なんではぐれたらすぐ外に出るかなぁ。その場にいるかカウンターに行けばいいやん!」

「おにいちゃんだって小学生の頃、パパにカードを買ってもらえなくて、カイジみたいに床に寝そべって泣いてたくせに!」

「おれのは小学校の頃でしょ?わかなは中学生になってからも同じこと繰り返してたやんか!」

そんな感じでお互いからかい合いながら、笑っていた。

泣いたり笑ったり、ずっと毎日、その繰り返しだったし、これからもそれはきっと変わらないんだろう。

涙も笑顔も、同じ顔から生まれる双子の兄妹みたいだ。

ね!?そう思わんね?

と尋ねると、あれま、二人とももう眠っていた。

狸寝入りじゃなかろうか、と思ったけれど、いつもの寝息が聞こえるので、どうやら本当に眠ったらしかった。

この寝顔に、自分自身、何度救われただろう。

夜遅く、くたくたになって仕事から帰宅し、この先こんな状態で大丈夫だろうか?

仕事も育児も中途半端で、実家の親に大人になっても頼りっぱなしで、この子たちに胸を張れるような父親だろうか?

パパ失格じゃなかろうか?

ママの代わりにパパのが亡くなっていた方が、この子たちは幸せになれたんじゃなかろうか?

そんなマイナスな思考に支配されながら、ふと二人の眠る姿に目をやると、何かいい夢でも見てるのかな、むにゃむにゃ、ニコニコ、幸せそうに、笑っている。

あぁ、自分はバカでアホでダメダメだ。

弱音を吐いてなんになる?

がむしゃらにやればいいじゃないか!

その背中だけでも見せてやれよ!

話はそれからや。

神様なのか、天国の妻なのか、隣の部屋の父親か、はたまた自分で発した心の声か、そんな叱咤激励にくちびるを噛み締め、上を向いて布団に入った。

そんな懐かしい二十年前の日々が、なぜか頭の中に浮かんでいた。


世界で一番何が好きですか?

と問われたら、

「子供の笑顔です!」

と答えるだろう。

向日葵やハイビスカスのように、未来へ向かう勇気を与え、雨に咲く紫陽花のように、逞しさと希望を与えてくれるから。

そして私がこの世で二番目に好きなものは、
子供たちの寝顔である。

あの辛く、悲しく、心苦しかった日々をふと思い出させてくれるから。

そして、その、百倍くらい、楽しく、幸せだった全ての時間を、いつも心に運んでくれるから。

初秋の蒼天に舞う、あの日のシャボン玉のように。




























この記事が参加している募集

子どもの成長記録

この経験に学べ

私の記事に立ち止まって下さり、ありがとうございます。素晴らしいご縁に感謝です。