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夕日に想うはきみの笑顔

先週の日曜日の朝、洗車を終え、庭でスズメの囀りを聴きながらアイスコーヒーを飲んでいると、

「あんた、今日は誕生日やね!」

と、母が洗濯物を干しながら言った。

日付がちょうど変わる時刻に娘から、「たんおめ!」と、短いLINEが来ていたし、自分の誕生日をまさか忘れる訳はないのだけれど、

「あ、そうやった!今日やん!」

と、少しとぼけた雰囲気を醸し出しつつ答えた。

「でもさ、おれもう五十一よ!なんか昔みたいにワクワクっ感じじゃもうないばい!」

と頭を掻くと、母は、

「今は世間でなんて言われてるかは知らんけども、人生百年時代じゃない?それなら今日から折り返しだけん、新しいスタートやん!一歳、いや、一年生やん!新しい気持ちで勉強始めれるって思えば楽しかろうもん?」


と、なるほど、確かに、と、妙に納得させられることを笑って言った。

久しぶりに日曜が休みの息子が、意外と早く起きて来た。

「パパ、今日さ、誕生日やね!おれお金出すけん、夜バーベキューしようよ!?たまにはいいんじゃない?」

「お、しゅんのおごりか?ならその言葉に甘えようかね」

父が目をくりくりさせながらやって来た。

「あれま!この前まであたしがお小遣いあげたりもしよったとに、えらい逞しくなったね。大丈夫とね?雨が降っとじゃなかと?」

母が少しからかうと、

「いや、仕事し始めたらお金遣う暇があんまりないったいね。アイコス代くらいやし、実家で食費もかからんし、給料もまだおろしてないんよね」

三月まで大学生で、帰省の度にお小遣いを渡していたのに、こんなに短い時間に随分とまぁ立派になったもんやと、お肉よりもそっちの方が私は嬉しくなり、「よし、ならしゅんのおごりで、今からお酒とかお肉とかあれこれ買いに行こうかね!」

「オッケ!!」

そんな楽しい、暖かい一日の始まりである。

お店に向かう車の中で、私はやっぱり少し心配な親心がひょっこり顔を出してしまった。

「しゅん、家に食費も入れてるとだろ?お金あるとね?無理せんでええばい!友達付き合いもあっどたい?」

「いや、ほんと大丈夫!なんならその前の給料も全部は遣ってないけん。あ、パパさ、バーベキューでよかったと?お寿司とかじゃなくていいと?」

「バーベキュー最高やん!仕事で疲れて、変な天気でバテ気味だったけん、お肉食べて力つけなんて思いよったけん。ありがとな。あんまこの歳にもなって子供にお金出してもらって誕生日お祝いしてもらうのも変な感じやね」

そんないつもの会話をしながら車を走らせ、左折の際、息子の顔をチラッと見ると、いつの間にやら横顔が大人っぽくなっているのに気がついた。

心から嬉しくて、つい笑顔になってしまい、それを見られるのもなんだか恥ずかしいので、口角を上げてちょっとばかり真面目な顔をすぐさまこしらえて前を見た。

「いやぁ、今夜は楽しみや!わかなは仕事忙しくて帰って来れんみたいやけん、写真送ってやろうかね!」


キャンプ、花火、バーベキュー、なんて言葉を聞くと、なぜかワクワクしてくるから不思議だなぁと思う。


少し話は変わるけれど、私は「バーベキュー」という言葉を耳にする時、必ず思い出す、ある出来事がひとつある。

ひと昔、いや、ふた昔前の、まだ小学生の頃の話である。

Y君という子が転入して来た。

ちょうど今くらいの季節であっただろうか。

お母さんを病気で亡くし、お父さんの実家のある地元に帰って来られたんだと、担任の先生から事前に話を聞いていた。

Y君は体も大きく、背丈も学校で一番だった。

明るく朗らかでスポーツが得意、すぐにクラスに馴染んで人気者となった。

小鳥やうさぎの世話も人一倍熱心で、心優しい性格だった。

漫画やゲームの話で盛り上がったり、昼休みには体育館で走り回ったり、ソフトボール部でもキャッチャーのレギュラーを勝ち取り、当時ピッチャーだった私にとっても、親友として、相棒として、なくてはならないかけがえのない大きな存在であった。

ある週末、Y君の家でバーベキューが行われることになり、クラス全員が招待された。

男子も女子もみんな大はしゃぎで、日曜日がとても待ち遠しかった。

男子は全員朝早くから家にお邪魔し、隠れ家のような雰囲気のY君の部屋で、漫画を読んだりゲームをしたりして、宝物のような時間を過ごした。

広い庭からだろう、炭火の焼ける香りと音が漂ってくる。

Y君のお父さんがシャツを腕まくりして大きな声でこう言った。

「みなさん、今日はこの子のために集まってくれてありがとう!こんなにたくさんお友達が出来て、本人はもちろん、何よりおじさん自身が嬉しいです!」

そして豪快に笑う。

色黒で筋肉隆々、大きくて強そうで、なにより優しさが溢れる素敵なお父さんだ。

そしてお肉、イカ、エビ、ホタテにアワビ、野菜、別の鉄板では焼きそばや餃子もいっぱい焼いてくれた。

「あ、松本君だよね?家でよく話してくれるんだよ。部活にも誘ってくれてありがとうね。お母さん亡くしてこの子もずっと塞ぎ込んでたんだけど、こうやってすぐ友達が出来て、やっぱり子供同士の方が元気をもらえるっていうのかな、前みたいに明るくなってくれて、おれも安心してるんだよ。」

そう、真面目な顔で頭を下げてくれた。

「松本君さ、この中で苦手な食べ物ってある?」

不意にそう聞かれたので、

「えっと、ナスが少し苦手です」

と、正直に答えた。

「そっかそっか、分かる分かる!おじさんも子供の頃は無理だったよ。よし、それならこの一切れだけ、頑張って挑戦して食べてみようか?」

そう笑って私の皿に小さなナスを乗せてくれたので、私も意を決してひとおもいに口に入れて食べてしまった。

いつものナスに違いなかったけれど、香ばしくてなんだか美味しかった。

「お!すごいな!簡単に食べてしまったなぁ!偉いぞ!もうナスなんて怖くないなぁ!よし、なら後は好きなお肉とかエビとかなんでも好きなものをいっぱい食べなさい。ナスとか野菜はおじさんが全部食べるから!」

そして大笑いしながら、クラスの子みんなに同じ質問をして周り、最後の方は自分のお皿に山盛りの野菜が乗っていた。

それを豪快に食べ、缶ビールを美味しそうに飲んでいる。

その姿が、子供ながらにとても頼もしくてカッコ良く思えた。


そんな懐かしい想い出を振り返りながら思う。

私自身、Y君のお父さんと同じように、妻を病気で亡くして実家に戻って子育てをし、あれほど言葉と行動で子供に何かを教えて来たのだろうか?

軽はずみな言葉だけではなかったろうか?

背中で語れただろうか?

この子が大人になった今、思い出して指標となる言葉を与えたろうか?

自分は甘えてはいなかったか?

片親だからと、つい言い訳をして楽をしていなかったか?

優しくされ、労われて当然だと思い上がってはいなかったろうか?

あんな素敵な笑顔を見せて来れただろうか?

そんな自問を繰り返しながら家路に着く頃、庭ではバーベキューの準備が出来上がっており、父がすでにビールを飲みながらお肉の到着を今か今かと待っていた。

母がおにぎりを用意していた。

私と息子のお腹が鳴った。

お肉を焼き始めると、庭の猫達も喉を鳴らしながら集まって来た。

早番のカラスも仕事を終え、合図をしながら山の棲家へと帰っていた。

息子が買ってくれた、少し高級そうなお肉が、香ばしい香りを放っていた。

焼きあがった豚ロースをまずみんなで皿に取り分け、缶ビールと酎ハイで乾杯をした。

こんな自分の誕生日を、こうして祝ってもらえて幸せだと思った。

誕生日は、自分を産んでくれた親や、いつも支えてくれる家族に、年に一度感謝する日だと思う。

「ありがとう」

と、照れずに言える、最大のチャンスの日じゃなかろうか?

と、いつの間にかビールの味も覚えた息子の横顔を眺めながら考えた。

よし!そうだ。

あの日、小学生の頃、Y君のお父さんが言った事を、試しに言ってみようかと頭の中で言葉を選んでいると、

「あ、パパ、これプレゼント!それと、パパ、えのきとかエリンギとか苦手でしょ?おれが食べるけん、残してていいよ!この骨付きカルビ、パパの分やけん!」

そう言いながら紙袋を渡してくれた。

中には新しいアイコスのセットと、カルバンクラインの香水が入っていた。

こりゃなんとか努力して、好き嫌いを無くさねばとあたふたしながらビールを飲んだ。


バーベキューの煙がモクモクと勢いよく空に昇って行った。

この幸せな香りと共に、天国の妻にも届いているだろうか。

タレで顔を汚し、少しだけ逞しくなったこの子の姿が、雲の隙間から見えているだろうか。

笑い声が伝わっているだろうか。

そして覚えているだろうか。

誕生日の夜、焼肉を食べながら二人して顔と服をタレで汚しながら、プロポーズをしたあの日を。

ぼくは笑い、きみが泣き、その後顔を見合わせ一緒に笑ったあの日を。

記念だねと言って、乾杯をしたよね。

思い出してくれただろうか。

ぼくは決して忘れはしないだろう。

幸せなこの瞬間を。

生まれたことを。

きみが命を賭して残してくれた大切な子供たちのことを。

きみと過ごした日々を。

きみが生まれたことを。

きみがいてくれたことを。

きみの笑顔を。

きみの涙を。

きみの言葉と、大好きな笑い顔を。

きみが歩んだ人生と、

きみの足跡を。

この初夏の清々しいそよ風が、たとえバーベキューの煙と香りを遠くに運び去ってしまっても、いつまでもいつまでも、決して忘れないだろう。

西に沈みかけた太陽を見ながら、
そんな風に、
今日も思う。









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