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【連載】 魔法使いの街3(魔法仕掛けのルーナ15)

 走りに走って、ようやく目指していた場所に辿り着いた時、アレクは疲労困憊といった様子だった。もう余計なものには関わるまいと気を張っていた結果だろう。
 彼の目の前には森があった。
 人工物にあふれた街中とは打って変わって、自然のままの姿を保っているように見える。ほんの入り口に立っているだけでも静謐な香りが鼻腔に届き、アレクの心は落ち着きを取り戻していった。
(兄さんの家は、この先だな)
 ちらと背後をうかがうと、まるで、隙間なく並んだ建物に森が囲まれているかのようだった。実際は逆である。建物と森の間には石畳が敷かれていて、ちょうどアレクが立っているあたりで途切れている。
 このように、都《みやこ》の北側は森に面しているのだった。都《みやこ》の住民の間では単に『北の森』と呼ばれており、取り立てて広くはないのだが、魔法に関わる資源に満ちているため『学園』で管理されている。森で採集したものを持ち出すなり活用するには『学園』の許可が必要で、一定の資格なきものは立ち入ることもできない。
 アレクはもちろん、そんな事情は知らなかった。兄であるフリードは家族が自分を訪ねてくることを想定していなかったので、森の中で暮らしていること以外、都《みやこ》のことはほとんど話して聞かせたことがなかったのである。そのため、アレクはかけらも躊躇わずに森に足を踏み入れた。
 馬車で会った都人《みやこびと》は、さすがに森の中の地理までは把握していなかった。ここから先は手探りである。
 きちんと舗装された道はないようだし地図も持っていないが、例え獣道と大差なくとも道に沿っていればどこかには辿りつくはずだ。アレクはそう楽観していた。
 踏み固められた土の上をしばらく歩いて行くと、ほどなくして木々の向こうに街並みが見えてきた。
(森の中にも街が?)
 さしものアレクも奇妙に思った。足の運びが慎重になる。
 森を抜けると足元が石畳に替わり、それは前方の街の方に続いていた。
 正面は飲食店だ。そろそろ昼時だが客はほとんどいない。オープンテラスのテーブルで埋まっているのは一つだけで、三人の中年男性が席についている。
 アレクはその客たちに見覚えがあった。彼らは酒でも入っているのか、だらしなく背もたれやテーブルにもたれかかっている。
(戻ってきちゃったのか?)
 森の中には道は一本しかなかったはずだが、知らず知らずのうちにぐるりと一回りしてきてしまったのだろうか?
 疑問が頭をもたげたが、とにかく気を取り直すと、アレクは踵を返して再び森の中へ入っていった。
 まっすぐ、まっすぐと意識しながら歩いていたが、しばらくするとまた森を抜けて、先ほども見た三人の呑んだくれと対面することになった。
 男達はニヤついた顔を付き合わせてヒソヒソと何か話し合っているようだった。アレクはなんだか嫌な気分になってきた。
 再び森に入る。
 今度こそ不覚は取るまいと、何度も後ろを振り返り、街並みが遠ざかるのを確認しながら歩いた。飲食店の屋根のてっぺんまで木々の向こうに消えるとようやく安心して、アレクは正面を見据えた。するとどうだ、ついさっきまで背後に見えていたものが正面から近付いてくるではないか。
 アレクは思わず駆け出して、木陰から飛び出した。彼はまたしても森の入り口に立っていた。
「どうなってんだ!?」
 戸惑いが口を衝いて出る。
 その時、下品な笑い声が起こった。


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