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【連載】 魔法使いの街2(魔法仕掛けのルーナ14)

 アレクは戸惑っていた。
 黒髪を短く切り揃えた中肉中背の若者である。彼の深い緑色の瞳が、不安そうに揺れている。
 いくつもの馬車を乗り継いでやっとたどり着いた都《みやこ》は見知らぬものに溢れていて、とても故郷と地続きとは思えなかった。
 まず、街路を行く人の量が違う。実家で飼っている羊よりも多そうだ。加えて彼らの服装の華やかなこと! 結婚式でもあるのだろうか? だとすればこの人通りもある程度は納得がいく。
 アレクは慣れない人混みに揉まれている間、そんなことを考えていた。
 彼は街の東側から中央を掠めるように抜け、北に向かうつもりで歩いていた。もちろん地理はわからない。それでもなんとか前に進めるのは、最後の馬車に乗り合わせた都人《みやこびと》に兄の住所を話して、大まかな道順を教えてもらったからだ。アレクは彼の人への感謝は一生忘れるまいと思った。
 通りの両端には所狭しと露店が並んでいる。色とりどりの粉を量り売りしている店であったり、見たこともないような動物の死骸をばら売りしている店であったり……品は違えど、全て魔法使いのための店である。アレクはそれらを遠目から見て、興味をそそられたり、目を輝かせたり、時にゾッとしたりした。
 中央エリアに差し掛かると、露店がぱったりなくなって道が広くなった。いくらか歩きやすくなり、ホッと息をついたアレクは、あたりをじっくり観察する余裕ができてきた。
 彼はとある店の前で目と足を止めた。
(わぁ、きれいだなぁ)
 そこは宝石店だった。通りに面する壁は透明なガラスで出来ていて、外からでも飾り付けられた店内が見渡せるようになっている。アレクに取っては目から鱗だった。田舎ではこのような開けっぴろげな店にはまずお目にかかれない。
 アレクはふと、当たり前のものが見当たらないことに気付いた。戸である。
 はて、ここは店ではないのだろうか? 無論アレクは宝石に用などなかったが、なんとなく気になって、透明な壁に沿って数歩歩いた。そしてたまたま、地面に設置されていた魔法陣を踏んだ。
 足元がぽうっと光ったのを見て、彼はびくりと身を震わせた。たすき掛けにしていた使い古したバッグを、すがるようにぎゅっと抱きしめる。
 継ぎ目などないように見えていた目の前のガラスにスーッと切れ目が入り、ここに戸があればちょうどこのくらい、と言った大きさの長方形を浮かび上がらせた。くり抜かれたガラスの戸は、わずかに店の外側へ移動すると、アレクの右側に向かってスーッと横滑りに動いた。こうして通りと店内を結ぶ四角い穴ができた。
「いらっしゃいませ〜。どのような石をお探しですか〜?」
 店の奥から、甲高い声を発しながら着飾った女性が近付いてきた。店員であろう。アレクは彼女の営業スマイルを真正面から受け止める時になって、やっと我に返った。
「ご、ごめんなさいー!」
「はい?」
 女性が首を傾げるのを待たずに、アレクは駆け出した。彼の顔は真っ赤に上気していた。
 なぜだかとても、この道の先にいるはずの兄に会いたくなった。一刻も早く会いたいと願った。だから彼は走った。けして、恥ずかしかったからではないのだ。



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