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【連載】 魔法使いの街1(魔法仕掛けのルーナ13)

 フリードは、辺境で羊飼いを営むシアン家の第一子として生まれた。
 彼は純朴で優しい両親のもとですくすくと成長し、やがては家業を継ぐものと思われていた。しかし、三歳になる年に魔法使いの適正を見出されると、彼の慎ましやかな人生は一変する。
 魔法を使う能力を有する者は例外なく『学園』に所属し、何年もかけて自らの力を制御する術を学び、我が物としなくてはならない。この規則に逆らうことはできない。なぜなら、正しい技術を身につけなければやがて自他に危険が及ぶからだ。そう言った悲劇の芽を摘むことは『学園』の存在意義の一つだった。
 後継を手放さなくてはならないと知って、両親は落胆した。だが同時に、可愛い我が子の稀有な才能を喜んだ。魔法使いとなれば、まず職にあぶれることはない。自分達とは違って裕福な暮らしができるはずだと考えてのことだった。
 かくして幼いフリードは親元から離され、遠い都《みやこ》で同じ境遇の子供達と寝食を共にすることになった。家族に会えない悲しみは、やがて読み書きを覚え、手紙を交わせるようになると徐々に和らいで行った。
 初めて帰郷が許されたのは十歳を過ぎた頃だった。子供一人で向かうには困難な道のりだったが——とにかく遠かったのだ——フリードは朧げな記憶に残る両親に会いたい一心で、なんとか生家に辿り着くことができた。そんな彼を、両親はもちろん幼い弟や妹たち、皆が歓迎した。わずか数日間の滞在だったが、フリードは『学園』に戻っても、もう寂しくはなかった。
 シアン家の絆は強かった。
 フリードはやがて成長すると、家族の元へ帰るよりも薬師として都《みやこ》に残ることを選んだ。魔法使いとして仕事をするなら、田舎では限界があると知っていたのだ。家族との連絡は絶やさなかった。自身も裕福な暮らしとは言えなかったが、仕送りを惜しまなかった。

 ある時、母は、長男からの便りが絶えていることに気付いた。
 魔法使いからの手紙は足が速い。こちらが出した手紙が都《みやこ》にいる息子の家のポストに届くまで、早くても三日はかかるだろうが、返信は魔法でできた鳥があっという間に運んできてくれる。家族は、フリードからの便りを一週間以上待ったことがなかった。
 それが今はどうだ、最後に手紙が来たのはいつだった? そわそわし出した母とは違い、他の家族にはまだ余裕があった。たまには遅れることもあるだろうと楽観していたのだ。けれども、いつもの時期を過ぎても仕送りが届かないという段になって、どうやらこれはただ事ではないと皆が気付いた。
 それと言うのも、定期的に送られてくる荷の中には、末の妹の持病にまつわる薬が含まれていたのだ。他で入手できないことはないが、家族を愛するあの真面目な長男が、うっかり忘れるはずのないものだった。
 異常を感じた時から母は何度も手紙を送っていたが、ただの一通も返って来ない。何かあったのではないか? 皆がそう思った。
 そこで、三男坊のアレクに白羽の矢が立った。彼は兄ほど家業の手伝いに追われていなかったし、姉たちには嫁ぎ先の仕事がある。下には病を抱えた妹だけだ。つまりは消去法であるが、何より、若くて体力があった。
 かくしてアレクは、父から「上の兄さんの家に行って様子を見てこい」と命じられることになった。
 はじめは戸惑ったものの、最後にはまだ見ぬ遠い都《みやこ》への興味と憧れが勝り、アレクは一人で家を発った。
 それから四日が経つ。



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