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それは、あまりにも小さなことだけど

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「それ」は、生とか人とか。取るに足らないことかもしれないけど。それでも。(短編集)不定期更新。
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#掌編小説

イッツ (ア) ファンタスティック

「慣性の法則?」

「うん。……ええと、つまり、君を忘れようと思っても、すぐには忘れられないってこと」

「じゃあ、魔法をかけてあげる」

「魔法?」

「1日目には、体温。2日目には、匂い。3日目には、私自身を、忘れることが出来るように」



「おは、」

そこまで云いかけて、云うべき相手がいないことに気付いた。

そうか。
君は、もういないんだ。

『荷物、全部置いていくから』

『何で?

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――僕、君のこと好きなんだよ。知ってた?

――知ってた。

彼女は、事もなげに言った。

あまりにも「事もなげ」だったから、僕は、その次に何を言おうか、忘れてしまった。何を言おうか、言わまいか、そのどちらかを忘れてしまったんだ。

――ええと、それで、

僕は、仕切り直すことにした。

――君は、僕を好きなの?
――さあ。
――さあ、って。

彼女は、ふあ、と欠伸をした。もちろん、わざとだ。

僕は、「さあ」なんて言われることも予想の範囲

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月に成る子ども(4915字)

 この街では、月が満ちては欠ける夜半に、笛の音が聴こえる。

 奏者が自分の存在を強調するように、その音はどこまでも伸びていく。夜には無い影の代わりに、この街を通り越してどこまでも。

 初めてそれを耳にしたのは、小学校に上がったばかりの頃。
 当時は地元のニュースに取り上げられるほど、その現象は注目された。月夜になると、たくさんの人が外へ出ていき、だれもが耳をすませていたのを覚えている。人で溢れ

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どこにもひらかない

どこにもひらかない

「お嬢さん、どこへ行くの」
「パンが食べたいの」
「その包丁はどうしたの」
「弟を探しているの」
「髪の毛は、どうしたの」
「笑ったら伸びてくるの」
「僕もお供していいかな」
「目を閉じてくれるなら」

「ここは砂だらけだね」
「林檎は育たないの」
「やたら瓶が落ちてる」
「誰かがそこにいるの」
「焦げた鍋がそこら中にあるな」
「スープはおなかに入らないの」
「人参が少しだけある」
「苦いものは嫌

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