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マンチェスターの曇り空

「湯船、まだあったかかったよ」
と言った瞬間に突発的にしあわせを感じました。

三年前、17才の頃、自分の舌にピアスのニードルを刺したときに、世界が揺らぐほどの強い感覚と覚悟をそこに刻んだはずのに、すこしずつ思い出せなくなってきている。それだけは忘れちゃいけないこと、忘れないように必死なんだけど、文字に起こしてどっかに書くのは野暮なので、そうしないでいる。当時もそう思ったから、忘れちゃいけないこと

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片隅で

片隅で

今夜はマフラーを首に一周巻いた。乗り換え駅を降りるときにすれ違った母親世代の女性は、二重にしたマフラーの輪に片方を通す巻き方をしていた。わずか数秒のあいだに視界の隅を通りすぎる冬の女性たちは、みんな寂しそうで、愛しそうで、すごく素敵に見える。これは冬の魔法なのだろう、それか、サンタクロースか雪だるまかイエス・キリストが仕掛けた粋な計らいなのだろう……とかそんなことを考えながら窓ガラスの前に立ち、深

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バターのにおいとアイロニー

バターのにおいとアイロニー

今日はバイトを休んだ。たとえば芽衣子さんが「わたし、会社やめようかな」と言ったら静かにうなづいて抱きしめたいと思う。りんごのパウンドケーキを作って、それを包んでまるでお守りのようにし、普通電車で3駅となりの近所の海までやってきた。電車に揺られながらふと、高校時代、同じ教室にいた男の子のことを思い出した。英語で書かれたバイブルをいつも抱え込んでいた、とてもやさしいひと。保温の容器には、あたたかいコー

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つづく

ビラ配りをさせられた 覇気のないわたしを店長はくどくど説教した 仕方がないから店先に立った 隣の居酒屋の女の子たちは笑いながら踊りながら客引きをしていた だからわたしは空を見上げたり、ゴミをあさる男を観察したり、若い女と酔ったおじさんの会話を聞いたり、デニーズに吸い込まれる家族を見送ったり、キャッチの男の刈り上げを眺めたりしていた こんなバイトやめてやる、と思った 五分おきに通る大きなバスにぶつか

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筆圧

ぼーっと勉強してたら高校時代を思い出した 

わざわざとなりに座るくらい仲良しだった、メイクの濃い女の子の丸っこいギャル文字と筆圧の濃さが好きだった 気だるい授業中、よく見つめていた とにかく無気力だったワタシは彼女に憧れていた 毎日のように恋愛相談してきたり、たまには一日中落ち込んでいたり、授業中に泣いたり、爆睡したりしていた そんな彼女のいちばん近くに寄り添いながらもワタシは遥か遠くから眺めて

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ぶっきらぼう

ぶっきらぼう

大学一年生が終わる この春休みは腐るほど長い この前の夏休みのことは一日も思い出せない タンスのどこにしまったのか、捨てたのかもわからないあの制服とおなじのを着てる少女を、たまーに電車で見かける 懐かしさと羨ましさと忌まわしさで、意識が遠のく あの頃、四六時中悩んでいた 狂ったように考え込んで、狂ったように眠り、静かに 激しく ひとりでに狂っていた 

これからの人生を含めても、人生で一番好きだっ

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“きつね”

新しく、鉄板屋“きつね”のバイトを始める 日常に飽きてきた頃、軽いノリで応募した かけもちして人との出会いを増やそう なんていう気持ち悪いくらい前向きな時期の自分がしでかしたことだ “きつね”の店長はおじさんだった ニコニコしてたら案の定 面接に受かった 心機一転 なんて思って始めると決めたわけだけど、いざ初日を迎えるとなると憂鬱でしかたない 心臓が絞られるようにドキドキして、焦って、名前も知らな

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学生運動をしようよ

学生運動をしようよ

それなりの日々が続いています これって幸せなのかな いいや、考え出したら幸せじゃなくなるので深くは考えませんが、それなりに幸せです たぶん

そんなことを考えながら眠りについた土曜の夜、あっという間に朝が来て、あっという間に日曜日、自分の抱える焦りに引っ張り起こされました

もうすぐ試験だから、レポートをやるなり、勉強をするなり、やらなくちゃいけないことはたくさんある それなのに、ガラクタばっかの

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目の前で死んでやる

目の前で死んでやる

恋人がたばこをほとんど吸わなくなりました 私がぼそっとやめて欲しいというようなことを言ったから、とのことです 覚えていません 
恋人が珍しく無地のパーカーを着てきました 私がぼそっと真っ白のパーカーをおすすめしたから、とのことです 覚えています

お家にお邪魔したら、かならずあたたかい紅茶をつくってくれる彼に、ずっと憧れています

私はひねくれていて、本能丸出しな理性の弱い人間をバカにしてきたのだ

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ギャルとしゃぶしゃぶ

ギャルとしゃぶしゃぶ

地元のギャルと三人でしゃぶしゃぶを食べてきました 私も若い頃はギャルだった 彼女たちとは、追いかけてくる先生、警察、イトーヨーカドーの店員からも一緒に逃げきった仲だ わたしは“幼なじみで大親友のギャルふたり”に単体でぶちこまれる“いっぴきの根暗ギャル”だったのだ ガキ特有の仲間外れが生じるような時期には、ハンパがでないよう、「女子で遊ぶには偶数がいい」と神に祈ったほどだったが、今では「奇数がいいな

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キャンパス内

キャンパス内

「うお〜!めちゃくちゃ夕陽じゃん!」
という馬鹿の声が、
脳ミソに反響した
吐き気がした

あいかわらず今日も夕陽は、好きなひとの黒髪は、隣の席の子の長いまつげは、茹でたブロッコリーの緑は、すごく綺麗だった

六百円

六百円

「死んだ魚の目をしてる。どうしたの?何かあった?」と聞かれ、「別に何もないけど、死んだ魚の目、死んだ魚の心だよ。」と憎たらしい返事をしてしまった。好きなひとを目前にしても、視界はぼやけていた。脳ミソはぼんやりしていた。世界に焦点が合わなかった。

恋人と、安い中華の学生ランチを食べた。「死んだ魚の目」をしてる私をみかねて連れて行ってくれたのだった。そのお店は私たち以外ほとんど外国のひとたちで、英語

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