リズムの音楽理論を、非線形科学的にアップデート!【カオスリズミック・セオリー】
なぜリズム理論は軽視されてきたのでしょうか?
音楽理論では残念なことに、リズムの重要度が低いです。
しかし民族音楽学の発展とともに、リズムの再評価が目覚ましいものとなっていることはご存知でしょうか?
世界中の民族音楽を聞くと、リズムが重要でないなどとは口が裂けても言えません。リズムの情報は、楽器の音に、声に、そして舞踊へ変換されて私達と共有されます。
西洋音楽を評価軸とした音楽理論のままでは、多様な民族音楽・文化を相対的に調べる民族音楽学と対立してしまいます。
今回の記事では「カオスリズミック・セオリー」と題して、多様なリズムを包摂するために、非線形科学と情報理論を使ってまったく新しい考え方を提案します。
さらに民族音楽学・素粒子物理学・哲学・建築学・運動科学などを参照しながら、リズムの本質を考えていきます。
(分野を横断して語れることも、リズムの素晴らしい性質の一つですね。)
これは一見、クラシック・ジャズだけでなく世界中の矛盾する理論を統一する、超弦理論のような野心的な取り組みに聞こえるかもしれません。
しかし身近にある様々な事例を取り上げることで、モダンで簡素な美しさよりも、生きた自然が絡み合う美しさを求めた理論になっていますので、楽しんで読んで頂ければ幸いです。
リズム理論の脆弱性
◆2+1≠3
音楽理論では、メロディ・ハーモニー・リズムが三位一体を成します。
しかし多くの音楽理論を扱った書籍では、リズムの章は他に比べて薄くなっています。
クラシック音楽を基礎に作られたため、メロディ理論やハーモニー理論はかなり緻密にまとめられ、リズム理論については補助的な役割になっています。
そのため2+1の理論となっているのが現状です。これは果たして三位一体の正しい姿なのでしょうか。
◆ 「〇〇は音楽じゃない」という脆弱性攻撃
現行の理論では、音色やエンベロープは扱いませんし、ラップのフロウなどもメロディ理論ではまだ十分には扱いきれていません。
そのためEDMやHIPHOPのような比較的新しく、かつ未熟な音楽理論では深くまで分析できないジャンルだと、しばしば攻撃を受けることがあります。
リズムも、拍子などを扱う程度で、様々なリズムパターンやフィルイン、グルーヴにある特性は扱いません。
西洋的な音楽理論観では、ときにヨーロッパにすら牙を剥きます。
リズム理論をベースとした医者がいないので、民間療法ばかりが流行し、時にモラルを欠いた差別的発言が広まります。
ダンサーである七類さんは、黒人のリズム感を研究しており、体幹とリズムの関係性についての書籍は非常に興味深いです。(体幹については後述)
しかし、だからといってヨーロッパ社会のリズムが貶して良い理由にはなりません。
実際、ダンスミュージック教育の進んだオランダでは、DJはあこがれの職業として地位を確立しています。
さらにオランダ王室がArmin van Buurenのコンサートを鑑賞するなど、国が誇る文化として国内外にアピールされています。
◆ Musickingの身体性
音楽社会学者のクリストファー・スモールは、音楽の演奏・表現・鑑賞・経験などを包括した「Musicking」という用語を提唱しました。
私がいまnoteを書いてる行為すらも、Musickingに含まれているのかもしれません。
民族音楽学において、Musickingを行うには文脈や経験によって異なる身体性が必要となることが主張されています。
Musickingに必要な身体性を内包した、寛容で柔軟な音楽理論は、不要な対立を減らし、互いにリスペクトする精神を育むことが期待されます。
リズムの非線形ダイナミクス
多様なMusickingを認めた理論を作るカギは、非線形ダイナミクスにあると私は考えています。
音楽が、哲学と科学をつなぐ架け橋であることは、古代ギリシャ時代のピタゴラス教団から何も変わり有りません。
◆ 非線形科学
非線形科学とは、すなわち比例的・直線的でない現象を扱う分野の科学を総称したものです。
そこでは、要素の重ね合わせのような単純な方法では再現できない、より相互的で創発的な現象を扱います。
音楽も、ただ単に各パートを重ね合わせるだけでは魅力が半減することを私達は知っています。通常、楽曲制作にはミキシング・マスタリングを行います。
そこで、音楽には非線形な力学系(ダイナミクス)が潜んでいると考えれるのではないでしょうか。
非線形科学にあるダイナミクスは、初期状態を決定しても何が起こるかまだ予知できない、ゆらぐ自然がもつワクワク感を持っています。
それは、アーティストのライブ前に、今日のライブがまだどうなるか分からないドキドキ感と似ています。
◆ 音と運動
音は運動と深い関係にあります。
なぜなら、音の発生は必ずなにかの運動エネルギーから音エネルギーに変換されるためです。スピーカーであっても、一度電気エネルギーを運動エネルギーに変換してから発音しています。
これは聴覚が、視覚と大きく異なる点です。
音について運動の軌道を考えることは重要で、それはリズムの流れとも深い関係性にあります。
以前、インタラクティブ・デザイン事例として紹介した、奥田透也さんの実験サイトを一度ご覧ください。奥田さんは動きのデザインに優れたデザイナーです。
このサイトでは、画面をドラッグすることで仮想空間上を運動し、音を同時に生成します。一度マウスを離すとジャンプし、もう一度触るまでの焦れったい感覚は次の行為を促します。
音と運動、そして行為が、相互に対話した、リズミカルな時空間を形作っています。
この運動は、身体と環境と音をつなげ、素朴なリズムで構成された音楽を形作ります。ウォータードラミングでは、水の動きと連動することで、深いリズム体験ができます。
◆ 非平衡過程としての音楽
音楽とは、非平衡な系において生じる構造です。
非平衡系とは、釣り合いが取れていない力動的な世界です。
安定状態に移行するために駆動力を生みながらも、エネルギーが外から出入りし続ける系(開放系)においては、条件によっては自己組織化が生じて、崩壊と創造を繰り返します。
ししおどしは、そんな非平衡開放系の単純な例として頻繁に取り上げられます。
鳥獣を追い払う装置だったししおどしは、ゆったりとした一音ずつのリズムをつくり、水の音や、自然音と混ざり合うことで、深みのある打楽器の自動演奏装置として機能しています。
面白いことに、ししおどしの仕組みは、ドラマーが肘を上げてエネルギーを貯め、スティックを振り落とす運動と同じ仕組みになっています。
◆ 周期構造とリズム
非平衡過程は、画一的な音だけでなく、非常に豊かなパターン形成を可能にします。
日常に見えるパターン形成の例として、熱対流があります。熱対流は非線形現象の宝庫として知られ、様々な分岐現象・パターン形成・カオスを生みます。
最も素朴な熱対流を観測できるのが、ベナール対流です。上下に均一な温度差を設けることで、流動的でリズミカルな空間造形をつくります。
また化学反応が平衡に向かう過程でも、周期構造が作られることが知られています。
BZ反応(ベルーソフ・ジャボチンスキー反応)では、濃度が振動する反応機構をもっています。途中に与えた刺激は時間発展とともに大きくなっていき、豊かなリズムのあるパターンをつくります。
◆ グルーヴとポケットの可視化
このような運動には位置以外にも、様々な変数が関わってきます。
そのため現実空間での運動だけでなく、変数同士が作る抽象的な空間(状態空間)上での軌道を考えていくことも、非線形ダイナミクスでは重要になってきます。
状態空間では、アトラクタと呼ばれる点(または曲線)に引き寄せられて、軌道を描きます。このアトラクタの形状によって、定常、振動、カオスをそれぞれ引き起こします。
リズム運動の状態空間上での軌道は、音楽分野においては「グルーヴ」と呼ばれ、そしてアトラクタというのは、リズムにおける「ポケット」のようなものではないでしょうか。
グルーヴとは、レコードの溝を語源とした、バンドやその曲のつくる抽象的な流れのようなものとして認識されています。
ポケットとは、リズムがバシッとハマるポイントのことです。演奏者はこのポケットにハマった演奏ができることを目指します。一度ポケットに入ると、もはやそれ以上余分な音は必要ないようにさえ感じます。
ストレンジアトラクタと呼ばれる複雑な膜状のアトラクタでは、カオスが引き起こされます。
有界なアトラクタへ引き寄せられるので完全なる無秩序ではなく、一定のレパートリーの範囲内で、無限で予測できない非周期な軌道を描きます。
それはセッションにおける、予測不可能な名曲の誕生のようです。
ジャズ最高峰の名盤「カインド・オブ・ブルー」の収録には、マイルス・デイビスがスケッチのような楽譜だけを持ち込み、後はメンバーの自発的な演奏に任せました。
ビル・エバンスは、その即興性を日本の水墨画に例えました。二度書きできないその表現方法は、まさにカオスです。
もしパラメーターの値が分岐点を超えると、アトラクタは突如出現・消滅するため、性質や形状が突然変化します。パラメーターは先に述べたベナール対流や、水が氷になる現象のように、温度などで操作できるものです。
分岐現象は、建物の崩壊のような構造安定性を突如壊してしまう劇的な現象です。
そのため建物の構造設計では、地震などが起こっても構造安定性の確保され、不安定になってもゆっくりと崩壊していくように計算して作られています。
この構造安定性の確保は、演奏者も同様に必須です。
以前に脱力・リラックスについて扱った際には、構造安定性を確保した状態で筋力を最小化していくことを脱力として定義しました。
さらに上位概念として体幹などを含む力学的リラックス、神経系を含む精神的リラックスを定義しています。
◆ アンサンブルの同期現象
音楽において、リズムは一つだけではなく、いくつかのパートが合わさって出されます。
このリズム同士の非線形現象は、同期現象と呼ばれます。
同期現象は、異なる振り子時計の自律的な同期によって発見された現象です。今では心臓の同期や、体内時計の同期、拍手の同期、歩行の同期など、日常の至るところで起こることがわかっています。
心臓は1万個のペースメーカー細胞がつくるミクロなリズムが、残りの興奮性細胞と同期することで、マクロリズムを形成しています。
心臓の同期は、先程のBZ反応とも関係があり、多くの研究がなされています。
この同期現象によって、バンド全体のグルーヴとポケットが維持されていると考えられます。
カオスの同期現象も、言葉のイメージとは裏腹に起こることがわかっています。そのため周期的でない創造的な楽曲のアンサンブルにおいてもポケットは共有されます。
上記の動画にあった、拍手の事例を見ればわかるように、音や動作はフィードバックを与えるものとして有用です。
そのため指揮者がいなくとも、自律分散した制御が働きます。
動物の神経系も、CPG(中枢パターン生成器)という非常にリズミックに同期する機構をもっています。
これは脳を介さない脊髄までの神経ネットワークです。
CPGでは、除脳ネコの実験が有名です。四肢を動かすそれぞれの伸筋・屈筋が、位相をずらしながら同期しており、除脳してから脊髄だけで学習して歩けるようになります。
よく「ドラマーは四肢をバラバラに動かせる」と言われますが、それは半分あっていて、半分間違っています。
「ドラマーはCPGによって、四肢の位相をずらしながら同期させている」というのが正しいといえるでしょう。
パソコンでの作曲が難しい理由の一つは、この同期現象を手動で再現する点にあると思われます。
しかし近年ではDAWソフトでのプログラミング環境が発達しているため、同期現象をシミュレーションしたグルーヴのある作曲が可能になるかもしれません。
リズムの現象性
◆ モノとコトの物理
最先端の物理学分野として、素粒子物理学がありますが、これは「モノの物理」における究極の到達点だと考えられます。
素粒子物理学では宇宙誕生まで戻り、力をたった一つに統一した美しい世界を目指します。そこでこの万物の理論の候補として、最小単位のモノである素粒子は弦であるという、超弦理論が研究されています。
メロディやコードも、この音という空気などの波を扱った「モノの物理」の応用領域と言えるでしょう。
一方で、非線系科学は、「コトの物理」です。そこでは分子、細胞、生物、社会、宇宙など、様々なスケールを平等に扱い、世界の不変構造を見つけます。
リズムは「コトの物理」に支配されていることは、今までの説明でご理解いただけるかと思います。
このリズムに見える現象横断的な不変構造によって、多様なMusickingが生まれます。
◆ 音楽史と音楽理論
さらに非線形科学は蔵本由紀さん曰く、非常にメタファーと似た働きを持っているようです。このメタファー的な現象横断性は、リズムの距離関係を作り出します。
単に正しい間違っているという、現象に対するグロテスクな価値観から抜け出し、距離空間的・位相空間的に音楽を評価していくことが可能になります。
音楽史の領域では、空間的な音楽分析は頻繁に行われています。これは、モノの物理で起こった統一的な方法に近しいです。
最近もオオタジュンヤさんが、先史時代から現在までの年表をつくりバズっていました。
音楽史が、ボトムアップ方式でなくトップダウン方式を使うメリットはいくつかあります。
まず2次元にビジュアル化するため、結果的にはトップダウン構造の方が成立年代を記入でき、全体を詳細にまとめやすく、今後の拡張性も高い点。
そして任意の音楽が持つパラメーターと各重みの算出が困難であり、音楽全体のボトムアップによる配置が実質不可能である点です。
音楽理論では、逆にボトムアップ方式を活用できます。音楽理論では全体の統合を意識することなく、個別具体的に対応できるためです。
このことはリズム理論、そして音楽理論がコトの物理と関係していることからも明らかです。
クラシック・ジャズ・R&B・Jポップが、それぞれ全く異なるリズム運動をしていても、それは空間上での位置関係でしかないことに気が付かされます。
このような違いは、運動科学では少しずつ注目されています。聴衆の体の動かし方によって、このリズムを再現しやすさ、しにくさがあることが分かっています。また聴いた後の身体パフォーマンスの違いも生じます。
ここからは人間の無意識的認知と、音楽リズムの関係性を考えます。
拍子とリズム
◆ リズムの本質
リズムがコトの領域だと、非線形科学誕生以前からいち早く、しかもかなり正確に理解していたのが、ドイツの哲学者であり、心理学者のルートヴィッヒ・クラーゲスではないでしょうか。
彼は非線形科学の代わりにメタファーを駆使しながら、リズムの本質について明らかにしています。
◆ ロマン主義
科学におけるロマン主義とは、機械論的自然観や古典物理学に対抗した運動として19世紀に起こったものです。機械論的自然観とは、生命や精神などの介入を認めず、モノの因果で自然ができているという考え方です。
ロマン主義では自然を分解せずに全体を観察し、自己の理解と調和を図ろうとしました。このロマン主義の思想をどこか受け継いでいるのが、非線形科学です。
クラーゲスの執筆した20世紀初頭は素粒子物理学の黎明期であり、それに反発するように生命の全体性,生成,運動を主張する生の哲学に注力していました。
ロマン主義と非線形科学の思想的な架け橋として、生の哲学は機能しています。
◆ リズムの連続性
リズムは連続です。それは非線形ダイナミクスで見た通り、状態空間の軌道の連続性からも明らかです。
そしてこの軌道を分節しようと拍(ビート、パルス)は認識されます。しかし周期性がなく拍をつけられないリズムも存在します。
無拍のリズム(フリーリズム)はそんな自由なリズムを示す例として重要です。
日本の民謡である、追分節はこの無拍のリズムを指します。
北海道の江差追分では、西洋音楽の五線譜をもとに「江差追分基本譜」が開発され、伝承されています。
西洋でのリズム譜のように離散的でなく、連続的な軌道を強調していることがひと目で分かります。
◆ 反復と更新
普遍的に存在するリズムと、リズムを意識的に分節しようとする拍子について、これらの本質的違いこそクラーゲスの最重要テーマでした。
そして「タクトは反復し、リズムは更新する」と彼は結論づけています。タクトとは、拍・拍子・小節の意味を含むドイツ語です。
拍は、メトロノームのように一定の周期で振動し続けます。
拍子は、拍の組織(ゲシュタルト)であり、リズム・スキーマという処理によって認識されます。
スキーマは、環境や学習によって得られる無意識的知識です。南インドの古典音楽では、ターラと呼ばれる拍子を認識するスキーマを必要とします。
このようなタクトは、一定の周期で繰り返し処理されます。反復は機械的、もしくは人為的なものです。アトラクタのない、時間の流れが閉じ込められたシステムともいえます。
一方でリズムは、非平衡過程で処理され、少しずつ更新されていきます。それは生物進化のリズムのように、雄大な時間の中で崩壊と創出を繰り返していくものであることはこれまでに述べてきました。
カオス現象におけるリズムパターン生成、同期現象を見れるのが、インターロッキングリズムです。
インターロッキングリズムでは、複数のパートがお互いの休符を埋めるように演奏します。一人で演奏しているような見事な同期を超高速で行います。
周期性のある演奏の中でも自由度が高いと、次元の高い状態空間でストレンジアトラクタが作られることがあります。それはお互いの些細な変化が時間発展とともに大きくなっていく不安定な軌道をしており、予測できない即興演奏を楽しめます。
◆ テンポのゆらぎ
メトロノームのような機械的な反復に正確に合わせるよりも、リズムのテンポはゆらいだ方が、より音楽的に聞こえることがあります。
この理由は心臓のリズムを参照すれば明らかです。心臓のマクロリズムは、自律神経系からの入力に応答するため、テンポのゆらぎが生じます。
私達は、生まれたときからゆらぐリズムの中で生活しているため、機械的な反復の方が特殊な状態といえます。
スペイン民謡「Romanza」のギター演奏において、ゆらぎを数量的に分析した研究があります。
そこでは3拍子の周期でテンポで、ゆらぎが発生していることが分かります。縦軸が1拍あたりの時間で、横軸が拍数を示しています。
◆ 分極した連続性
「リズムとは、分極した連続性である」というクラーゲスの思想は、非常に的を得ています。
以前のドラムンベースを扱った記事でも、この言葉を私も偶然扱いました。
(この記事で、ありがたいことにSpotify様より賞を頂けました。)
分極した連続性とは、ダーウィンの進化論のように、生死という分極によって、親子の交代のリズムが生物多様性を育んだということからも理解ができるかもしれません。
そして生物多様性は、さらに音楽の多様性をつくりました。ホタルの光や、蛙の声、セミの鳴き声は、みんなリズムをもちます。
そのリズム運動をつくる振動子は、同期をしてひとつの音楽、自然をつくります。
リズムのデザイン
この章では音楽を、建築や言語と対比させて、リズムを意識的に解析・加工するための方法論を考えていきます。
◆ カオスリズムのありか
前章までは、リズムのカオスな性質について説明してきました。
そして私達がリズムを認知するには、拍子などの分析をリズムスキーマによって無意識的に行っていることも確認しました。
哲学的でアートな存在だった音楽のリズムを、非線形科学の領域に一度移したことで、工学的、デザイン的に扱いやすくなりました。
ここからは、さらにリズムのデザインについて考えていきます。
カオスなリズムを、アルゴリズミックな手法をたよりに意識的に解析・加工していくことが「カオスリズミック・セオリー」です。
◆ モダニズムからアルゴリズムへ
伝統的な様式の模倣と決別し、デザイン手法をここ100年で変革させ続けてきたのが、近代建築です。
様々な手法を駆使して、人や自然のカオスの制御を試みました。
近代建築においてモダニズムと呼ばれる、合理性や機能性を追求した白い箱の建築が注目され、世界を席巻しました。それはクラシックの音楽理論のように、合理的で統一的でなものです。
一方で、それに対抗するようにポストモダンや脱構築主義などの登場で、ジャーゴンで会話する建築家たちが現れます。
それはアフリカのリズムに回帰したり、サンプリングによるコラージュを行う音楽家のようで、理解するには高いリテラシーを必要とします。
ポストモダンの難解さや経済性の低さは嫌煙されだし、平明さが求められるようになると、建築家はダイアグラム(抽象的な図)を使って設計を始めます。
一定のルールの中で個性を発揮するため、コミュニケーションをとりやすく、アルゴリズミックに出力されるため目新しさがありながら合理性を損ないません。
音楽においても、このような型に囚われずに合理性を獲得する方法を考えたいと思います。
◆ 建築と音楽と言語
空間的な建築と、時間的な音楽は相性がよく、多くの建築家は時間にも関心を寄せています。
生命リズムから生成される意味・身体性パターンは、建築・音楽・言語の空間へそれぞれ写されます。
このことに基づいて、それぞれの表層構造からパターンを読み取り、認知的に等価な建築と音楽の同時生成を試みるプロジェクトが行われています。
◆ AI生成するリズム
音楽の自動作曲には、よくLSTM(Long short-term memory)という人間の長期記憶・短期記憶を模したディープラーニングが用いられます。
すなわちリズムは更新するというクラーゲスの定義を、記憶を更新していく再帰処理で実現した手法です。
LSTMでは、短期的な反復処理だけでなく、長期的に忘却と記憶を繰り返していきます。そうすることで長い系列でも、前後関係を意識して扱うことができます。
LSTMは、このような系列と状態を同時に扱える性質から、符号化器や復号化器として組み合わせて使われる場合があります。
このようなモデルは、系列変換モデル、もしくはエンコーダーデコーダーモデルなどと呼ばれます。
現在もGoogleが提供するMagentaというオープンソースのライブラリでは、LSTMを用いた作曲が行えます。
Pythonを用いて手軽に書くことができ、Ableton LiveなどのDAWソフトにもプラグインが公開されています。
情報とコード
この章ではリズムの情報について考えます。先程の図にあった音楽と言語の関係性にあたります。
グルーヴからドラムフレーズをつくる、情報伝送モデルを構築します。
◆ リズムの情報
リズムは交代的な運動だけでなく、情報を伝えるメディアでもあります。前章でも音楽のリズムが意味・身体性の表層であることを見ました。
トーキングドラムは、それを示す最高の例でしょう。これは西アフリカのいくつかの民族の発話パターンを模した奏法で、実際にドラムの音でコミュニケーションを取ることができます。
2つ以上の音の違いがあれば、メッセージは表現できます。
それはちょうどモールス符号や、文字コードのようなものです。文字コードでは、記号を通信路に通すために0,1の並びに符号化します。
トーキングドラムでは、文字記号ごとでなく単語のブロックごとに符号化し、冗長にならないようにしていると考えられます。
ドラムは離散的な音を出すため、ディジタル情報を一度扱います。
そこにアナログな音色や音価の長さの情報が加えられ、言語的なものから、より音楽的になります。
◆ 情報伝送のしくみ
ドラムでリズムの情報伝送をするモデルを考えます。理想化するために、音色などの音楽的な要素はなるべく除きます。
まず情報通信で使われる符号理論を見てみましょう。
送信側では記号列を符号化して、符号化列として通信路を通します。受信側では逆の手順で復号化して、符号列から記号列を得ます。
ちょうど”C”という和音記号を、”ドレミ”という符号に書き換えたのが符号化で、逆の処理が復号化になります。
リズムにおける記号列とは、グルーヴでありフィールであり、非線形ダイナミクスにおいてリズム運動のつくる状態空間上での軌道です。
グルーヴは符号化によりドラムフレーズとなって伝わります。受信側で複合したグルーヴを得るには、共通のリズムスキーマを持っていなくてはなりません。
グルーヴを正しく復号化できなければ、グルーヴの同期を基本としたカオスリズムは扱えなくなります。
LSTMのところで見たように、リズムは記憶のある情報源です。これは直前の記号によって次の確率が変化する情報源で、マルコフ情報源などとも呼ばれます。
たとえば”ABABAB”という規則性をもったメトロノームのような情報源では、つぎの記号が完全に予測できるため、情報量がゼロになってしまいます。(だから悪いという話ではなく、確率における期待値の話です)
◆ 情報源符号化
グルーヴ情報をドラムで符号化する処理が、情報源符号化です。データ圧縮とも呼ばれます。
現代のドラムセットでの演奏では、主にバスドラムとスネアの交代によってリズムが作られています。そのリズムの運動は、蒸気機関車のように交代しながら前進していきます。
そこに小刻みに鳴るハイハットのシンバル音が加えられ、8ビートや16ビートのグルーヴ符号化がひとまず完成します。
ハイハットは同期信号のような役割があり、リズムが同期するために必要です。
通常の非同期な会話とは異なり、アンサンブルをするドラムには遅延が生じないようにクロックが設けられます。
ドラムソロの場合は大胆にクロックを消して自身のリズムを表現することがよくあります。そのためソロは拍を見失いやすくなります。
そこでドラムソロでは、グルーヴの復号化をしてリズムの軌道を読み取ることがさらに重要になってきます。
◆ 通信路符号化
情報源符号化は、グルーヴをデータ圧縮した高能率な符号化でした。
しかしデータ圧縮により、1記号あたりの平均情報量は小さくなります。より細かなリズムの軌道を正確に送信する場合、このままでは信頼性が低くなります。
高信頼な符号化処理が、通信路符号化です。
通信路符号化では符号に検査ビットをつけ、冗長性を加えます。冗長とは、無駄ということではなく、会話を聞き逃しても話がついていけるように誤り訂正能力を与えるものです。
ドラムでは、ゴーストノートというかすかに聞こえる程度の小さな音を付加することで実現されます。
ゴーストノートはファンキーなグルーヴを正確に伝えれますが、つけ過ぎれば音が濁り、高能率な符号化とは呼べなくなります。
状況に応じて変わってくるこのバランスこそ、符号化理論の醍醐味といえます。
◆ 伝送路符号化
符号を空間に飛ばす波形に変調する処理が、伝送路符号化です。いままでの2つの符号化よりも通信工学、音響学的な側面が強くなります。
まず符号情報を、そのまま信号に変換した波形はベースバンド信号と呼ばれます。
ドラムのベースバンド信号には、エンヴェロープという楽器を鳴らしたときの音量変化カーヴを採用します。
エンヴェロープは、ADSR(アタック,ディケイ,サステイン,リリース)という4つのセクションに分けてDAWでは調整されます。
生ドラムの演奏においては、ドラムはそれぞれが共鳴し合うため、エンヴェロープを意識してスネアとバスドラムが分離するとスッキリとした音響になります。
さらに搬送波と呼ばれる、サイン波などの情報量のない波にベースバンド信号を乗せることで伝送する信号が完成します。
変調することで、空間に波を飛ばせるだけでなく、搬送波の周波数を変えることで通信の共存が可能になります。
変調方式として、周波数偏移変調を見てみましょう。FSKでは、ベースバンド信号に従って、キャリアの周波数を変えることでディジタル変調しています。
ちょうどFMラジオで見られるアナログ変調と同系統の仕組みです。FMラジオはノイズに強いため、AMラジオ(振幅偏移変調)に比べて音質が良く、「スクール・オブ・ロック」など音楽を扱うラジオが多くあります。
FSKと似た形で、スネアとバスドラムの周波数スペクトルの違いによってドラム変調は実現されます。すなわちスネアの方がピーク周波数が高く、バスドラムは低くなることで、識別ができます。
ふたつのコード理論
また、ふたつの”コード”理論を引き合いに出しながら、ドラムフレーズの解析を試みます。
◆ ChordとCode
さて、音楽理論における重要なコード理論、すなわちChord Theory(和音理論)を踏まえたドラム演奏も考えてみましょう。
前章までのコード理論は、Coding Theory(符号理論)でした。
上手いドラマーは、ふたつの”コード”理論をなめらかにつなぎ合わせます。
和音のもつ感情的な響きを、復号化してグルーヴに変換し、さらに符号化してドラムを演奏します。
◆ 和音の機能
和音の進行には、それぞれの個性や機能が存在します。
まず基本的な三和音ダイアトニックコードについて。
”ドレミファソラシ”に対して、3和音を作ると、まず明るい響きの長調と暗い響き短調があることに気づきます。
この2種類を混ぜ合わせることで、さまざまな感情的な運動を表現します。
つぎに緊張と弛緩をあやつる3つの機能が、三和音には存在します。トニック、ドミナント、サブドミナントで、安定構造と不安定構造を分岐させていきます。
この分岐を操ることで、感情的な勢いに緩急が生まれます。
このコード進行のつくる運動を、グルーヴとして取り込みドラムに変化させると、曲としての一体感が強固になります。
これを確認できるのは、ジャズの4バース・トレードです。4小節ごとにドラムソロに入っては戻るということを何回か繰り返します。
ドラムソロ中でもコード進行は展開し続けているため、ドラムソロでもコード感を表現できていれば、他のパートがロストしてしまうことを防げます。
◆ 導音とアプローチノート
つぎにメロディ理論について。”ドレミファソラシ”という音階にはそれぞれ機能があります。
”ド”は、主音で、”シ”は導音と呼ばれます。導音から主音への動きは、なめらかな解決感があります。
ジャズドラムではコンピングという、インターロッキング・リズムをした合いの手があります。シンバルのレガートでリズムを出しながら、スネアやバスドラムなどで合いの手をいれます。
もともとカウンターメロディをやっていた他のパートが世界恐慌で減らされ、ドラムが担うようになったことが起源とされています。
そのためドラムが歌うようにコンピングを入れ、ときには導音のような解決感をつくったり、導音の不安定な勢いのままアンティシペーションして次のコーラスに入っていくことがあります。
他のパートとコンピングが、ターゲット・ノートという狙った音で合わさると、曲の輪郭がはっきりとします。
逆にこれが定まらないままフワフワと進んでしまうと、メロディとコンピングの運動がうまく同期しません。
またファンクやロックなどに見られるフィルインにも、メロディ・コード理論的な考え方が使われます。
リーディング・ノートとは、和音の響きのあるメロディに入る直前に、隣接する半音下から入り滑らかさを出す音のことです。
これをドラマーはフィルインに応用しています。
ラーネル・ルイスは、大学教授ということもあり非常に論理的に自身の演奏を捉えて、言語化しています。
スネア3発のフィルに、バスドラムを続けるように入れることで、リーディング・ノートのような滑らかな前進運動をもたらすことを説明しています。
そしてこの効果は必ずしも必要なものではなく、どこで使うかを見極めなくてはいけないと念を押しています。
まとめ
音楽理論として軽視されていたリズム。
その理由として「コトの物理」がコンピューターの登場とともに発達したため、どうしても今まで解析しずらかったということが原因としてあげられます。
リズムをコンピュータ・シミュレーションで数値解析ができるということは、DAWが発達した現代においては、むしろDTMerこそリズム分野では有利と言えるかもしれません。AI作曲は、そのひとつの手がかりです。
どうしてもアナログなイメージがあったドラムも、符号化理論を用いることでより現代的なモデルとして新鮮に見ることができます。
また様々な民族音楽には、体系的にまだ分かっていない新大陸が広がっています。
そして忘れてはいけないのが、その音楽のもつ文脈であり伝承です。それすらもひとつの大きな自然のリズムであることを忘れてはいけません。
クラーゲスは、詩人ヨルダンの詩を借りて自然のリズムを説明しました。とても儚げですが、私に勇気をくれた詩でもあります。
この記事が参加している募集
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。 面白いと思って頂けたら、コメントやサポートをよろしくおねがいします。 感想をいただけると、とても励みになります。