見出し画像

イヴの涙 (短編小説 2)


どれくらい時間が経ったのか、我に返り辺りを見回す。
いったいどこから溢れてくるのか、イルミネーションを見物する人々で、相変わらず通りは混み合っている。
しばらく地べたに座り込んでいたことに、美里は羞恥心を覚えた。まだ、痺れが残る腰をさすりながら
ゆっくりと立ち上がる。
そして、イルミネーションとカップルから目を逸らし、駅の方角へと歩き出した。


アパートに帰宅すると、すぐさまヒーターの前に座り込み、スイッチを入れる。冷えきった部屋が暖まるまで、膝を抱えじっとしていた。

(そういえば、お腹減った……)

でも、食欲などなかった。
拓也のいない日常を生きていく意味すら失われたというのに、食べて生き長らえる必要などないように思えてくる。
膝を抱えじっとしていると、新たな孤独感が背後からじわじわと忍び寄ってくる。再び涙が込み上げてくる。
次第に部屋が暖まってくるに従って、そのままの体勢で美里はウトウトし始める。

頭の中で、電話の着信音が鳴り響いていた。

(誰かしら?)

と思いつつ、目蓋が重くて動けずにいた。
そうしているうちに着信音は途切れた。
が、すぐにまた鳴り響いた。また途切れるだろうと思ったが、今度はなかなか止まらない。
美里が応答するまで諦めない意志のようなものが感じられた。
目をこすりながら、バックからスマホを取り出す。
着信は、拓也からだった。ドキリとした。

(今さら、いったい何の話しだろう?)

鼓動が激しくなる。

「美里?」

電話口から懐かしい声が聞こえてくる。

「拓也、どうしたの? びっくりしたわ」

「美里、元気そうだね」

「元気なわけ、ないじゃない……」
美里は小声で呟く。

「えっ?」

「それより、どうしたの? もう電話なんか
かかってこないと思ってたわ」

「そっか。うん、今日電話したのはね、ちょっと頼みたいことがあって……。今晩、泊めてくれない?」

思いがけない言葉に、美里は動揺する。

「えっ。拓也、今仙台にいるの?」

「うん。実は、仙台にいた頃の仲の良かった同僚が
急死したんだ。さっき、通夜が終わったところなんだ」

「そうだったの……。でも、だからといって、何で拓也が私の部屋に泊まるの?」
幾分、不信感が募る。

「だってさ、こっちに来るの急だったから、泊まる宿がなくてね。ちょうどクリスマスだから、どこのホテルも予約で埋まってるし」

「そうなの? カプセルホテルなら空いてるんじゃない?」 

「カプセルホテルは嫌だね。だいいち、リラックスできないよ」

美里は、次第に気分が悪くなってきた。

(何が何でも、私の部屋に泊まりたいのかしら?)

「もし、まだ拓也と付き合ってる状態なら、当然泊めてあげる。でも私達、別れたんでしょう?
それなのに、一緒の部屋で寝るなんて、無理だわ」

「泊まるくらい、いいんじゃない? 美里は考えすぎだよ」

「そんなの理解できないわ。だって私、まだ拓也のことが好きなのよ、まだ未練があるのよ。そんな状態で、もし拓也が傍にいたら、動揺しちゃうじゃない」

「そっか、もし寂しいなら、慰めてあげるよ。僕も妻に相手にされなくて、ちょっと寂しかった。美里の体も懐かしいし、久しぶりに欲しいよ」

突如、怒りの感情が沸いてきた。

「そういうことじゃないのよ。未練があるからこそ
会ってはいけないのよ。それなのに一夜を共にするなんて考えられないわ」

拓也への未練から気持ちが逆転して、嫌悪感に包まれた。
性欲の処理や、ただ単に宿泊代を浮かせたいだけなのだとしたら、なおさら泊めるわけにはいかなかった。

「何で、そんなに頑なになるんだ?❳
拓也は溜め息をつく。

「私の部屋に無理やり泊まろうとしてる拓也、嫌だわ。クリスマスだから、ネットカフェは案外空いてるかもよ」

「は? ネカフェ?」
拓也は呆れたような声を出す。

「ごめん、もう切るわ……。あっ、そうだ。ここに来ないでよ。来たって、ドアは開けないから」

そう言うと、美里は一方的に電話を切った。
折り返し、また電話がかかってくるかと危ぶんだが、数分経ってもかかってはこなかった。

(うん、これでいいのよ)

今のやり取りで、拓也への思慕はすっかり消え失せていた。今日まで拓也への執着心で苦しんでいたのが、信じられなかった。

(自分の都合で私の部屋に泊まろうとするなんて、
自分勝手だわ。私の気も知らないで)

拓也にこんな一面があったのを知ることができて、かえって良かった。

やっと、1つの恋に終止符が打てそうだった。
一夜にして、想いが冷めた。拓也のことを考えて
うじうじしていた自分がバカみたいに思えた。
最悪のクリスマスイブだったけど、モヤモヤしていた感情は一掃され、清々しい。

もう、追いかけないわ。
もう、終わり。

(お腹減った。何か食べよう)


美里は鼻歌を歌いながら、キッチンへと向かった。


        了









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?