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この世の果て(短編小説3 )

【 あらすじ→ 幽体離脱に成功した真希は、北へ北へと向かった。海峡を通り過ぎようとすると、泣き崩れる女性がいるのに気づいた。真希は気になり話しかけてみる。ここで数年前に船の事故で亡くなった女性の亡霊だった】



女性の話しは、こうだった、

2年前、この辺りを航行していた観光船が原因不明の事故で沈没した。女性は一人で乗船していた。何らかのトラブルで海水が流れ込み、制御不能になった観光船は、徐々に沈んでいった。
逃げる余裕もなく女性は海中に投げ出され沈んでいき、息絶えた。そして冷たい海の底で発見されるのを、ひたすら待ち続けた。警察による捜索は、一年後には打ち切られ、女性は悲嘆に暮れた。

話しを聞き終えた真希は、深く同情した。
2年前の事故は、当時テレビで報道していたから記憶にある。つい最近も、新聞に事故の記事が乗っていた。行方不明者は未だに、8名いるらしい。
行方不明者の家族の心境を考えると、やりきれない。

「捜索も打ち切られてしまって、このままだと私の骨は、永遠に海の底だわ。一人暮らしの母の元に、誰か届けてほしい……。そうだ、あなたに頼んでもいい? 警察署に行って、もう一度海底を調査してほしいと伝えてくれる?」

そう言って女性は、真希をまじまじと見た。

「あら、よく見るとあなた、人間じゃないみたいね……。私と同じように、死んでしまった人なの?」

幽体離脱した自分がどう見えているのか分からないが、やはり幽霊のように見えてるのかもしれない。
本当は人間なの、と言おうとした矢先、女性は再び声を上げて泣き出した。

「お母さん、私が先に死んでしまって、私って親不孝だよね。ごめんね、ごめんね……」

真希はもらい泣きしそうだった。
女性の悲しみが、痛いほど伝わってくる。
親より先に子供が亡くなるのは、親にとっては絶望的な辛さに違いない。真希は子供はいないが、容易に想像できる。

女性は真希より、かなり若いように見えた。
まだまだやりたいこともあっただろう。独身だとしたら、結婚も夢見てたかもしれない。
真希は女性の傍に行き、座り込む。
観光船が沈没した後、女性は毎日絶望的な気持ちで
この地を彷徨っていたのだろう。

真希はしばらく女性の傍にいた。
一人ぼっちにさせるのは不憫でならない。

「傍にいてくれて嬉しいわ。あなた、優しいのね。ありがとう」

女性が言った。

「あなたの悲しみが少しでも和らぐなら、これくらいどうってことないわ」

そう言って真希は微笑む。

どれくらい時間が経ったのか、闇に沈んでいた水平線が薄っすらと見え始めた。
まもなく、夜が明ける。そろそろ帰らないといけない。女性には申し訳ないが、少しでも寝ないと仕事に差し支える。

「じゃあ私、そろそろ帰らないと」

そう言って、真希は立ち上がる。

「えっ、帰るって、どこに?」

「実は私、幽霊じゃないの。幽体離脱して、ここまで来たの。仕事があるから帰らないといけなくて」

女性は、ぽかんとした顔でこちらを見ている。

「えっ、幽体離脱? そんなことできるの?」

「うん、たまたま上手くいったというか……。じゃあ、ごめん、帰るね」

「待って、行かないで。寂しいわ」

女性が悲痛な声を上げる。

「また、ここに来るわ。今日、日付けが変わる前には」

「本当に? 必ず来てね」

「うん、約束するわ、だから安心してね」

女性は、少しホッとした表情になる。


真希は後ろ髪を引かれる思いで、帰路に着いた。
一人ぼっちの女性が、気がかりだ。

水平線の彼方が濃い青から水色に変化し、海原に陽光が差し込みきらめく様は、息を呑むような美しさだ。
悲惨な事故があったのが、嘘のように思えてくるのだった。


          つづく















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