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目覚め

19世紀半ばのアメリカでは、Jack Londonのような白人男性が活躍しており、より現実的な描写で、地方についての文学作品が一般的であった。その後、19世紀後半では女性作家が増え、その地域がもつ特有性、いわゆる「local color」を活かした文学作品が流行した。同じ19世紀ではあるが「地域」についての文学作品であっても前者は都会的であり、後者は田舎的であるとみなされる傾向にあった。

そのような19世紀後半における文学の流行の中で、ケイト・ショパン(Kate Chopin)(1851-1904)は「目覚め」(“The Awakening”) (1892)を生み出す。この作品はフェミニズム小説であり、世紀転換期の「男女の在り方」または「ジェンダー規範」が描写されている。しかし、主人公エドナ・ポンテリエは、当時女性が主流でなかった芸術活動やラテンアメリカ生まれのヨーロッパ系またはアフリカ系の血を受け継ぐ子孫クリオール(Creole)との関わりから、女性としてのアイデンティティを認識していくというフェミニズム的な考えを得る。このように、エドナは芸術活動や不倫を通して「ジェンダー規範」を破ろうとする。しかし、最終的には、女性に託された「妻」「母」という変わらない「ジェンダー規範」からくる重圧と、不倫からくる罪悪感や失恋につぶされてしまうのであった。


作者は「ポンテリエ氏にとって彼女[ポンテリエ夫人]は子供に対する義務が怠っているという点で、彼自分または他の誰の満足であると下すのは難しいことであっただろう。」(“It would have been a difficult matter for Mr. Pontellier to define to his own satisfaction or any one else’s wherein his wife failed in her duty toward their children.”)(368)、また「つまり、ポンテリエ夫人は母親的な女性ではないのだ。」(In short, Mrs. Pontellier was not a mother-woman.)(369) と簡潔に述べられているように、主人公は、19世紀のヴィクトリア朝的な信仰深く良き妻、良き母的な「家庭の中の天使」とそぐわない女性だとみなされている。夫であり、男性であるポンテリエ氏は、ポンテリエ夫人こと、妻のエドナ(Edna)には、子供を溺愛し、夫に尊敬のまなざしをもって接ほしいと願っている。また、そのようにして彼らに優越感や満足感を与えるような母親的な女性としての能力を彼女に欲している。しかし、実際彼女にはそれが欠けていると考えている。

一方、彼女は芸術活動を通して、自分らしさや表現の自由の楽しさを得る。19世紀のように、男性芸術家が主流の時代に、女性が進出しようと心をときめかせているのも、女性としてのアイデンティティが「目覚めた」証と言える。つまり、19世紀の理想の女性像と対照的な、自我を持ち、自分のやりたいことをやる女性になる、そんな彼女の姿が映し出されているのだ。

しかし、夫は、エドナが家族を離れアトリエで何日も過ごすことに反対する。このことからも、夫が彼女に「妻」「母」としての期待をしつつ、女性が芸術活動を否定しているように見える。

また、エドナは甘い言葉をささいたり、女性に甘えたりするようなロバート(Robert)という男性が、女性的な魅力をもつ女性ラティニョール(Ratignolle)に優しくするのを見ては、彼の気を引こうと彼女のまねをし、徐々に彼のことが気になっていく。「ある光が彼女の中でかすかに見え始めてきた―道を示しながらも一方でそれを妨げる光である。」(“A certain light was beginning to dawn dimly within her,―the light which, showing the way, forbids it.”)(373) つまり、エドナは自分がロバートに恋をしていることに気付いており、その恋はまるで彼女の人生を明るく照らすかようなものではあるが一方で、その恋は叶うはずのない恋またはするべき恋ではないとも気づいている。このように、エドナの周りのクレオールの世界またそこに現れる男性によって、19世紀のヴィクトリア朝的な女性とは対照的な「性」に対してオープン、忠実な女性になっていく。

しかし、エドナは最終的にロバートに振られてしまう。これは、ロバートがメキシコに行くという理由だけでなく、エドナには「家族」、「結婚」というものがあるからだと考えられる。エドナは、「男女の役割」を演じる単なる「仮面夫婦」であった夫よりも、ロバートへの感情は強く「恋愛」そのものであった。それにも関わらず、ロバートと駆け落ちや夫と離婚が出来ない。それは、夫との結婚が自分の意志や恋愛であるよりも、「妻」「母」という女性としての役割が社会や夫から重要視されていたため、離婚、再婚はほぼ不可能であったと考えられるからである。

このように、エドナは不倫や芸術活動を通して「妻」「母」としての女性の役割、つまり当時の「ジェンダー規範」を破ろとしたが、結局その重圧や抑圧、不倫への罪悪感や失恋は、彼女を疲れさせ、裸にさせ、そして海の中へと消してしまったのだ。


参考文献Chopin, Kate. “The Awakening” Late Nineteenth Century: 1865-1910. Ed.363-453.Print.  

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