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#小説
【ss】紅葉鳥 #シロクマ文芸部
「紅葉鳥...ですか」
その人は、いかにも困りましたというように大袈裟に眉を寄せた。
「はい、この山でこの角笛を吹けば必ず紅葉鳥が現れると聞いたもので」
私が胸ポケットのファスナーの開け、小さな角笛を取り出して見せると、その人は目を細めた。
「ちょっと拝見しても?」
大切な預かり物だから少し迷ったものの、ようやく話を聞いてくれる人に会えてほっとしていた私は、結局その人に角笛を渡した。
【ss】秋が好き #シロクマ文芸部
「秋が好きだな」
好きな季節は何かと聞かれた髭面の男が答えている。まったく、刑場へ向かう馬車の中とは思えない長閑な会話だ。
ガタガタと揺れる粗末な馬車の荷台に、手も足も繋がれて8人ばかりが並んで座っている。みな同じように薄汚れてすえた臭いがする。
髭面男は続けて言った。「収穫祭が1年で一番の楽しみだったよ、腹一杯白いパンが食えるのはあの日だけだったからさ」
俺たちが生まれ育った村もそうだった
【ss】ヒマワリへ #シロクマ文芸部
ヒマワリへ向けて信号を送り続けているけど、
返信はまだこない。
聞こえますか?聞こえますか?
応答願います。
6/25日
水垢だらけの洗面所で歯を磨いていると、窓の隙間から斜め向かいの峯村さん家のヒマワリが見えた。自宅菜園の端に大きいのが3本植えてある。雨の少なかった今年はヒマワリが早く咲いた。
幼稚園の頃、ヒマワリの真ん中の黒いところを怖がる僕に、「カズ、これは秘密だぞ」っと前置きしてお父
【ss】ただ歩く #シロクマ文芸部
◇加筆、修正しました◇
ただ歩く、時々走る、
道端に座り、高いところを飛ぶ鳶を見ながらひと休み、そしてまた歩く。
木々の隙間から柔らかな光が差し込む森を抜け、段々と濃い青に色を変える海を横目に、君と交わした最後の約束を果たすために歩いている。
「ねぇ、やっぱり死ぬの怖い?」
今、まさに死にゆく私の耳元で、「何飲む?」くらいの軽さで君が聞いた。
まったく、このタイミングでなんて事を言うのだろ
【ss】文芸部 #シロクマ文芸部
文芸部に入部して4ヶ月、僕は今【夏】を探して彷徨っている。
文芸部に入ったのは同じ中学で顔見知りの先輩に誘われたのがきっかけだった。骨太のホラーやミステリーが得意なその先輩は、文学サイトに投稿しては高評価を得ている。
そんな具合に僕たちの文芸部は少人数ながらも日々精力的に活動している。夏休み明けの学祭に合わせて発行する文芸誌のテーマは【夏】だ。
そんなわけで、僕は今【夏】を探して町を彷徨って
【ss】平和とは #シロクマ文芸部
「平和とは、選択の自由があることよ」
コロナが収束したこの夏、久しぶりに母方の祖母の家を訪れた。
「綺麗な色ねえ、よく似合ってる」
ミルクティ色に染めた私の髪の毛をサラサラと指で梳きながら祖母がそう言った。
私がどんな洋服を着ても、どんな髪型をしても祖母はいつでも「よく似合っている」と言ってくれる。
居間の続きの和室には古い箪笥が置いてあり、その上に亡くなった曾祖父母の写真と一緒に、若い
【ss】書く時間 #シロクマ文芸部
書く時間はあっという間に終わり、私達は夫婦から元夫婦になった。
正確にはこの紙切れを提出した後だけど、最後の1文字を書き終わった瞬間にはっきりと終わった気がした。このまま2人で区役所に行き、そこでさよならだ。
署名したものを送ってくれたら私が出すと言ったのに、元夫は最後のケジメだから一緒に行くと聞かず、結局このファミレスで待ち合わせになった。
書き終わった元夫は、生姜焼き定食を食べている。