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【ss】秋が好き #シロクマ文芸部

「秋が好きだな」
好きな季節は何かと聞かれた髭面の男が答えている。まったく、刑場へ向かう馬車の中とは思えない長閑な会話だ。

ガタガタと揺れる粗末な馬車の荷台に、手も足も繋がれて8人ばかりが並んで座っている。みな同じように薄汚れてすえた臭いがする。

髭面男は続けて言った。「収穫祭が1年で一番の楽しみだったよ、腹一杯白いパンが食えるのはあの日だけだったからさ」

俺たちが生まれ育った村もそうだった。白いパンたって雑穀混じりの粗末なもんで、帝都に出てきて初めて本当に白いパンを見た時は、あまりの白さに目を丸くしたもんだ。

向いに座るヤンも同じことを思い出していたのか、目が合うとニヤッと笑った。

ヤンと俺は故郷の貧しい村から帝都に出てきたものの、なんのツテもない田舎の小僧がまともに就ける仕事なんてなかった。結局スリや引ったくりなんかのケチな悪事から始まり、金持ちの家で盗みを繰り返したあげく捕まった。一人で逃げられた筈のヤンも何故だか一緒に捕まっていた。

昔から乱暴で悪事以外に取り柄のない俺と違い、ヤンは賢くて努力家だ。独学で読み書きを覚え、拾ってきた新聞から社会情勢を教えてくれた。金持ちの養子にでもなりゃヒトカドの人物になれただろう。いや、あの村に残っていたってヤンならマトモに生きて行けたかもしれない。俺が誘わなきゃ今頃は…

積み上がった罪状から極刑は免れないとわかった俺たちは、ついでに他の奴らの罪も被ることにした。みんな同じように貧しい村から出てきて、食うに困って犯した犯罪ばかりだった。どうせ死ぬなら同じだ。

足先を突っついてきたヤンが意味ありげに視線を外に向ける。畑で働く農夫、木陰で休む旅人、道端で物乞いする浮浪者、皆んな俺たちが代わりに罪を被った仲間だった。

《バカだな、見つかったらどうすんだ》
目を見張る俺にヤンはいつもと同じようにニヤッと笑う。

高い場所ところを飛ぶトンビがピーヒョロと鳴き、街路樹の果実は色づいている。今年は豊作だといいと、一瞬だけ故郷の村と家族を想う。

「俺も秋が好きだな」

「あぁ、俺もだ」
ヤンの声が長閑に響いた。

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ちょっと遅れましたー

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