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【ss】日傘 #シロクマ文芸部

私の日傘からするりと抜け出て、「じゃあまた!」と手を挙げてアヤは駅のコンコースへ向かって行った。

派手な紫のTシャツと白いショートパンツから伸びる健康的な脚。リュックにつけた沢山のキーホルダーがジャラジャラ鳴る音がだんだん遠くなって、アヤの姿が見えなくなるまで見送った。

アヤは普段、日傘なんか必要としない。日焼け止めはくらいは塗るけど、夏に日に焼けることを"悪いこと"とはしないのだ。太陽の下がよく似合う人だ。

次はいつ会えるだろうか。

転職して少し離れた街に住むようになった私のもとに、アヤは定期的に会いに来てくれる。前のように、仕事帰りにちょっと会ってご飯を食べたりお互いの家に泊まったりは出来なくなったけど、それでも2人の関係が変わったとは思っていなかった。

それなのに、今、私の日傘からあっさりと出て行ったアヤをみた途端、急に距離を感じた。追いかけないともう二度と会えないかもしれない。焦燥感に駆られて思わず走り出そうとする気持ちをぐっと飲み込む。

追いかけて、捕まえて、いったい何を言えばいいのか。

日傘をさしても暑い夏の午後、身体を駅の方に向けたまま、固まって動けずにいる。私の日傘が作る小さな影の下に、2人でずっと居られたらよかったのに。

アヤが乗る予定の特急電車がホームに入ってきて、またゆっくりと動き出した。アヤは今私を見ているだろうか、同じ寂しさを感じてくれているだろうか。

おもいきって手を振ってみた。
見えていないだろうけど。

電車はすぐにトンネルに入り見えなくなったのに、カタンカタンという小さな音がずっと聞こえていた。

大きなため息をひとつ吐くと、金縛りが解けたように身体が動いた。のろのろと歩き出したところでLINEの通知音。

見えてた
寂しい
次はいつ会える?

よかった。
ちゃんと同じ気持ちでいる。
別れは寂しいのになぜか少し嬉しい。

日傘をクルクル回しながら、泣き笑いで歩く。
来週は私がアヤに会いに行こう。

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