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【ss】平和とは #シロクマ文芸部

「平和とは、選択の自由があることよ」

コロナが収束したこの夏、久しぶりに母方の祖母の家を訪れた。

「綺麗な色ねえ、よく似合ってる」

ミルクティ色に染めた私の髪の毛をサラサラと指で梳きながら祖母がそう言った。

私がどんな洋服を着ても、どんな髪型をしても祖母はいつでも「よく似合っている」と言ってくれる。

居間の続きの和室には古い箪笥が置いてあり、その上に亡くなった曾祖父母の写真と一緒に、若い男性のモノクロ写真がある。20歳で戦死した祖母の兄、幸雄さんの写真だ。

「にぃちゃんは、頭がよくて読書の好きな穏やかな人だった」

普段は方言を使わない祖母だけど「にぃちゃん」のところだけ語尾がすこしあがる。年の離れた兄の話をする時、祖母はいつも幼女の顔に戻った。

鼻筋の通った涼しげな目元のその人に、よく似ていると昔から言われていた。

東京の大学で文学を学んでいた幸雄さんは、発禁本を所持していたことを理由に逮捕され、釈放されるも、すぐに招集令状がきて前線に送られ戦死したそうだ。

あの優しい人がどんな気持ちで人に銃口を向けたのか、どれ程の苦しみの中で死んでいったのかを思うと、今でも涙が出ると祖母は言った。

好きな本が好きなだけ読めること
好きな歌を大きな声で歌えること
好きな洋服を着て街を歩けること
好きな人に好きだと伝えられること
好きなものをお腹いっぱい食べられること

それらは当たり前のことの様で、当たり前に手に入るものではないということ。

今、手にしていると思っている自由が、知らない間に為政者に検閲された後、下げ渡されたものではないのか、自分の目と耳でよく見て聴いて考えるのよ。

いつもは聞き流す祖母の話が何故か今日は耳に残り、思わずスマホから顔を上げて祖母の顔を見た。

私は明日、18歳になる。


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