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【ss】ただ歩く #シロクマ文芸部

◇加筆、修正しました◇


ただ歩く、時々走る、
道端に座り、高いところを飛ぶ鳶を見ながらひと休み、そしてまた歩く。

木々の隙間から柔らかな光が差し込む森を抜け、段々と濃い青に色を変える海を横目に、君と交わした最後の約束を果たすために歩いている。

「ねぇ、やっぱり死ぬの怖い?」
今、まさに死にゆく私の耳元で、「何飲む?」くらいの軽さで君が聞いた。

まったく、このタイミングでなんて事を言うのだろう。場を考えろと諌めようにも、酸素マスクに繋がれ薬で朦朧としている私はもう声を押し出すことができない。

力の入らない私の手をきゅっと握りながら続けて君は言った。

「私は怖い。だから先に行ってどういうところか見ておいてくれる?それで、私がむこうに行った時は必ず迎えにきて」

それなら私は死ぬの怖くないから、と笑ったのだ。

ああ、そうか、いつもと変わらない君のその我儘は、幼い頃から死に怯えていた私への最後の優しさだ。

「仕方ないな、私は君の騎士ナイトだからね、初めての場所は私が先に行って安全を確かめておくよ」

言葉にすることは出来なかったけど、何度も頷いたのはきっと伝わっただろう。

周りに左右されずやるべき事を積み上げていく君の強さを、尊敬すると同時に妬ましくも思っていた。隣に立ち続けるのは楽な事ではなかったが、それでも看取ってくれたのが君で本当によかった、と私も笑顔でこちらへ旅立った。

あれからどれくらいの時間が経ったのかわからない。数日なのか、数十年なのか。ただ、あの時の約束を果たすために歩いていることだけはわかる。

色とりどりの花が咲く丘の上から船着場を見ると、下船したばかりの君が両手を振っていた。変わらない笑顔、私の好きだったブサイクなキャラクターのTシャツを着てぴょんぴょん飛び跳ねている。私は全力で坂を走り降りる。身体は子供の頃のように軽い。

よかった、これで本当に思い残すことはなくなった。さて、久しぶりに一緒に歩こうか、大丈夫、こっちの世界も悪くないよ。


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