マガジンのカバー画像

#シロクマ文芸部

18
シロクマ文芸部に参加したものを纏めています
運営しているクリエイター

記事一覧

【ss】誕生日 #シロクマ文芸部

【ss】誕生日 #シロクマ文芸部

「誕生日おめでとうございます!」

出社早々、そう言うと後輩の西山君は私の鼻にバターをたっぷり塗り付けた。

「カナダでは鼻にバターを塗ってお祝いするんですよ、これで1年間悪い事は起こりません!」

「あ、ありがとう……」

「実は高校の間だけ、カナダにいたんです」

西山君はいい大学を出ている割に言葉を知らないと思っていた。先日も若干名をワカボシナと読み、Web会議のチャット上に???が並んだの

もっとみる
【ss】紅葉鳥 #シロクマ文芸部

【ss】紅葉鳥 #シロクマ文芸部

「紅葉鳥...ですか」

その人は、いかにも困りましたというように大袈裟に眉を寄せた。

「はい、この山でこの角笛を吹けば必ず紅葉鳥が現れると聞いたもので」

私が胸ポケットのファスナーの開け、小さな角笛を取り出して見せると、その人は目を細めた。

「ちょっと拝見しても?」

大切な預かり物だから少し迷ったものの、ようやく話を聞いてくれる人に会えてほっとしていた私は、結局その人に角笛を渡した。

もっとみる
【ss】銀河割り #シロクマ文芸部

【ss】銀河割り #シロクマ文芸部

銀河売り切れだった(◞‸◟)

メッセージに既読だけ付け、三つ隣の駅にある別店舗で【銀河】と別のをもう一袋を買う。

近所の人達の散歩コースになっている土手を降り、グラウンド先の川辺の葦を掻き分けた"いつもの場所"にアキはいた。

何かの跡なのか、大きなブロックがいくつか残るここは、子供の頃からの"いつもの場所"で、何かある度にここに来た。親に叱られたとか、友達と喧嘩したなんて他愛のないことから始

もっとみる
【ss】秋が好き #シロクマ文芸部

【ss】秋が好き #シロクマ文芸部

「秋が好きだな」
好きな季節は何かと聞かれた髭面の男が答えている。まったく、刑場へ向かう馬車の中とは思えない長閑な会話だ。

ガタガタと揺れる粗末な馬車の荷台に、手も足も繋がれて8人ばかりが並んで座っている。みな同じように薄汚れてすえた臭いがする。

髭面男は続けて言った。「収穫祭が1年で一番の楽しみだったよ、腹一杯白いパンが食えるのはあの日だけだったからさ」

俺たちが生まれ育った村もそうだった

もっとみる
【ss】愛は犬 #シロクマ文芸部

【ss】愛は犬 #シロクマ文芸部

「愛は犬みたいで可愛いなぁ」

明るく染めた髪に緩いパーマをかけた私の髪を撫でる、彼の手が好きだ。髪から頬にゆっくり降りてくるその手にスリスリと顔を寄せると、彼は嬉しそうに目を細める。
「マナ、ほんと可愛い」

彼を捨てた元カノの名が、愛美だと共通の知人に聞いた。見せてもらった写真には、フワフワで明るい髪色の可愛らしい女性が写っていた。

どうしても近づきたくて、どうしても側にいたかったから、黒く

もっとみる
【ss】文化祭 #シロクマ文芸部

【ss】文化祭 #シロクマ文芸部

※書き直しました。

文化祭当日は晴れて暑い日になった。
僕たち文芸部は別棟にあるこの教室で、文芸誌を販売している。
2日前にようやく刷り上がった文芸誌は、暗い鼠色の表紙に白い楷書体で【文芸誌 夏眠】と書いてある。副部長の清香先輩が担当したこの装丁は、水羊羹のような清涼感と共に、清香先輩の作品が持つ”闇“も感じる素敵な仕上がりになった。

ただ、残念なことにメイン会場から離れたこの教室を訪れる人は

もっとみる
【ss】ヒマワリへ #シロクマ文芸部

【ss】ヒマワリへ #シロクマ文芸部

ヒマワリへ向けて信号を送り続けているけど、
返信はまだこない。

聞こえますか?聞こえますか?
応答願います。

6/25日
水垢だらけの洗面所で歯を磨いていると、窓の隙間から斜め向かいの峯村さん家のヒマワリが見えた。自宅菜園の端に大きいのが3本植えてある。雨の少なかった今年はヒマワリが早く咲いた。

幼稚園の頃、ヒマワリの真ん中の黒いところを怖がる僕に、「カズ、これは秘密だぞ」っと前置きしてお父

もっとみる
【ss】ただ歩く #シロクマ文芸部

【ss】ただ歩く #シロクマ文芸部

◇加筆、修正しました◇

ただ歩く、時々走る、
道端に座り、高いところを飛ぶ鳶を見ながらひと休み、そしてまた歩く。

木々の隙間から柔らかな光が差し込む森を抜け、段々と濃い青に色を変える海を横目に、君と交わした最後の約束を果たすために歩いている。

「ねぇ、やっぱり死ぬの怖い?」
今、まさに死にゆく私の耳元で、「何飲む?」くらいの軽さで君が聞いた。

まったく、このタイミングでなんて事を言うのだろ

もっとみる
【ss】文芸部 #シロクマ文芸部

【ss】文芸部 #シロクマ文芸部

文芸部に入部して4ヶ月、僕は今【夏】を探して彷徨っている。

文芸部に入ったのは同じ中学で顔見知りの先輩に誘われたのがきっかけだった。骨太のホラーやミステリーが得意なその先輩は、文学サイトに投稿しては高評価を得ている。

そんな具合に僕たちの文芸部は少人数ながらも日々精力的に活動している。夏休み明けの学祭に合わせて発行する文芸誌のテーマは【夏】だ。

そんなわけで、僕は今【夏】を探して町を彷徨って

もっとみる
【ss】平和とは #シロクマ文芸部

【ss】平和とは #シロクマ文芸部

「平和とは、選択の自由があることよ」

コロナが収束したこの夏、久しぶりに母方の祖母の家を訪れた。

「綺麗な色ねえ、よく似合ってる」

ミルクティ色に染めた私の髪の毛をサラサラと指で梳きながら祖母がそう言った。

私がどんな洋服を着ても、どんな髪型をしても祖母はいつでも「よく似合っている」と言ってくれる。

居間の続きの和室には古い箪笥が置いてあり、その上に亡くなった曾祖父母の写真と一緒に、若い

もっとみる
【ss】書く時間 #シロクマ文芸部

【ss】書く時間 #シロクマ文芸部

書く時間はあっという間に終わり、私達は夫婦から元夫婦になった。

正確にはこの紙切れを提出した後だけど、最後の1文字を書き終わった瞬間にはっきりと終わった気がした。このまま2人で区役所に行き、そこでさよならだ。

署名したものを送ってくれたら私が出すと言ったのに、元夫は最後のケジメだから一緒に行くと聞かず、結局このファミレスで待ち合わせになった。

書き終わった元夫は、生姜焼き定食を食べている。

もっとみる
【ss】食べる夜 #シロクマ文芸部

【ss】食べる夜 #シロクマ文芸部

『食べる夜の集い』に参加するのは二度目になる。

商店街の若手が集まり、”今後の商店街について議論する"というのがタテマエのただの飲み会だ。

我が店自慢の一品を持ち寄るので、『食べる夜』と銘打って始めたものの、毎回同じものばかり集まって誰も箸をつけなくなり、結局、飲むだけになったらしい。今日は八百屋の二代目が茹でてきた山盛りの枝豆をアテに飲んでいる。

この商店街も一時は廃れて、もう終わりだなと

もっとみる
【ss】消えた鍵 #シロクマ文芸部

【ss】消えた鍵 #シロクマ文芸部

『消えた鍵はどこへいったのか』

オレ達はここ最近、いつもこのテーマで話し合っている。

A「犯人はお前だ!」

某アニメの小学生探偵気取りのコイツは、このセリフを言いたいがために大した証拠もないまま突っ走り、呆気なく論破されるのが常だ。

B「だから、その線はもうないってさっき話しただろう、忘れたのかよ」

知的メガネは頭が回るから、話し合いには重宝する

C「だいたいさー鍵探すなんて面倒なこと

もっとみる
【ss】日傘 #シロクマ文芸部

【ss】日傘 #シロクマ文芸部

私の日傘からするりと抜け出て、「じゃあまた!」と手を挙げてアヤは駅のコンコースへ向かって行った。

派手な紫のTシャツと白いショートパンツから伸びる健康的な脚。リュックにつけた沢山のキーホルダーがジャラジャラ鳴る音がだんだん遠くなって、アヤの姿が見えなくなるまで見送った。

アヤは普段、日傘なんか必要としない。日焼け止めはくらいは塗るけど、夏に日に焼けることを"悪いこと"とはしないのだ。太陽の下が

もっとみる