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三秒もどせる手持ち時計(1章1話:案内人)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

あらすじ

 2024年5月、秋山秀次あきやましゅうじのもとに身に覚えのない荷物が届いていた。それは、『逆巻さかまき時計』という不思議な手持ち時計であった。そして、そこからひいらぎなぎさという女性が現れる。
 柊なぎさは、時計の能力を告げ、秀次に協力を求める。最初は戸惑う秀次だが、なぎさのある言葉に反応し、時計の使用権を借りることに同意。こうして、二人の奇妙な共同生活が始まった。

本編

1章.時を超えて

1.案内人

 仕事から帰宅した秋山秀次あきやましゅうじは、宅配ボックスの中身を確認し、自宅へと上った。外に見える横浜の街は、21時だというのにまだ明るい。
 部屋に入った秀次は早速、届いた荷物を開封した。最近では、ネット通販で食べ物や日用品など色々な物が手に入るので、独り身には助かる。
 今夜、秀次の部屋に届いた荷物は3つ。おそらく、無くなりかけているトイレットペーパーとコーヒーと…。もう一つ、やや小さめの紙袋があった。お届け予定日は、2024年5月10日、宛先は秋山秀次となっている。頼んでおいた石鹸なのだろうか。
 秀次は、紙袋の中に手を入れた。どうやら、薄い円形の何かが入っているようだ。やはり石鹸なのだろう。秀次は、それを取り出した。しかし、それは石鹸ではなく、琥珀色をした円盤であった。
「送り間違いか?」秀次は、少し眉をしかめた。
 すると、琥珀色の円盤から光が放射され、黒い影が飛び出してきた。秀次は、思わず声をあげ、円盤を床に落とした。
 黒い影の正体は、黒い着物に紫色の帯を身に着けた色白の女性だった。秀次は、目を凝らした。そして、所々に見られるノイズのような輪郭から立体映像やホログラムの類だと直感した。
「わらわは、『逆巻さかまき時計』の案内人。ひいらぎなぎさじゃ」
 秀次は、声を呑んで彼女に目を向けた。柊なぎさは、小動物を見る様な目で見下ろしている。
「時に、貴様の名は何という?」
柊なぎさの低く、響きの良い声が聞こえた。
「おっ俺?」
「この空間に、貴様以外には誰もいなかろう」
秀次は、立体映像と会話が出来ていることに驚いた。しかし、ここで名前を言うべきかを少しためらった。
「ふん。恐れを成して、言葉も出ぬか。情けない“をのこ”よのう」
 秀次は、柊なぎさを睨んだ。“情けない”という言葉は、聞き捨てならない。
「お前は、なんだ。どこから話している」
 秀次は、強い口調で言った。
「質問に質問を返すとは、なんとも不躾。…まあ良い。教えてやろうではないか」
 柊なぎさは、ため息交じりに言った。
「わらわは、貴様が落とした『逆巻き時計』を介して通信をしておるのじゃ」
「逆巻き時計?あの琥珀色の円盤か」
「左様。『逆巻き時計』は、時間を三秒戻すことができる神具じゃ」
 秀次は、眉間にシワが出来るのを感じた。目の前で起きている出来事が、あまりにも非現実的だからだ。
「疑っておるようだのう。では、そこにある器を床に落としてみるがよい。そして、すぐに『逆巻き時計』を押すのじゃ」
 柊なぎさは、机の上にあるプラスチックのコップを指さした。
 秀次は、戸惑った。しかし、会話が出来ていること、この部屋が見えていることは確かなようだ。そこで、秀次はしばらく流れに身を任せることにした。
「どうやって使えばいいんだ?」
 秀次は『逆巻き時計』を拾い、それを眺めた。『逆巻き時計』は、時間を刻む針と円形の目盛盤で構成されている。目盛盤には、十二時の位置に“零”、四時の位置に“壱”、そして八時の位置に“弐”が記されており、それらの間に細かい目盛りが十本刻まれている。
「裏にある印に親指をかざすがいい。さすれば、『逆巻き時計』が貴様を認識する」
 柊なぎさの言う通り、『逆巻き時計』の裏面には正三角形の印が刻まれている。秀次は、その印に右手の親指をかざした。
 すると、一瞬、周囲が灰色に染まり、すぐに元の風景に戻った。
「認識されたようじゃな。では、貴様は器を落とすがいい。そして、“零”の刻と“壱”の刻の中間ほどにある釦を押すと時が刻まれる」
 秀次は、再び『逆巻き時計』を見た。柊なぎさの言う位置の側面にボタンらしき突起がある。秀次は、柊なぎさの指示に従ってコップを落とし、すぐさまボタンを押した。
 すると、秀次の視界には白と黒で表現された自分の部屋が映し出された。やや時間の進み方が遅いようにも感じた。
「戻ったの。台の上を見てみるがよい」
 秀次が机に目を向けると、自分で落としたはずのコップが机の上に鎮座している。
「えっ?誰が…」
 秀次は、言葉を失った。この部屋には、自分以外に誰もいない。つまり、柊なぎさの言葉は正しいことになる。
「先ほどから言っておろう。三秒戻すことができる神具じゃと。物わかりの悪い“をのこ”やのう」
 にわかに信じがたい状況だ。しかし、実際に目にしたからには否定のしようがない。
「お前の目的は何だ」
 秀次は、やや強めの口調で言った。
「わらわの目的は…」
 そう言うと、柊なぎさは首を傾げた。
「…その前に、“お前”という二人称は好かん。そうじゃのう」
 柊なぎさは、右手の甲に頬を乗せ、何やら考えているようだ。彼女をよく見ると、小顔で整った顔立ちをしている。特に、長いまつげが猫目の大きさを強調している。
「ふむ。貴様には、親しみを込めて“なぎさ”と呼ぶことを許そう」
 柊なぎさは、笑顔でそう言った。
「…なぎさは、何の目的で俺に話しかけている?」
 秀次は、少しぎこちない声で言った。
「わらわは、とある人物の調査で貴様らの時代と通信しておるのじゃ」
「俺たちの時代に?」
「そうじゃ。今、わらわは1万年の時を超えて貴様に話しかけている。『逆巻き時計』は、時を超えた通信を可能とする神具の一つなのじゃ」
 秀次は、首を傾げた。理解がとても追いつかない。
「貴様が、わらわに協力するのであれば、『逆巻き時計』の使用権を貸してやろう。さすれば、貴様の野望も叶う確率が上がるぞ」
 秀次は、さらに首を傾げた。野望など何もないからだ。
「野望…そんなものは何もない。面倒だから、『逆巻き時計』とやらは受け取らない」
 柊なぎさは、目を丸くした。
「なんと…。“をのこ”だというのに、野望の一つも持たぬか。雄々しさの欠片すら感じられぬ」
 秀次は、大きなお世話だと思ったが、黙っておいた。
「哀れな“をのこ”よ。そうじゃ、わらわが共に貴様の野望を見つけてやろうではないか。ならば、貴様も『逆巻き時計』を持つ価値があるであろう」
 秀次は、やはり断ろうと思った。しかし、柊なぎさの言う『野望の一つも持たぬか』の言葉が引っかかった。
「わかった…。使用権とやらを借りよう」
「そうか。では、これから宜しく頼むぞ」
 柊なぎさは、万遍の笑みでそう言った。秀次も、この後楽しくなりそうな気が少しした。
「時に…」
 柊なぎさが、言葉を発した。
「まだ、何かあるのか?」
 秀次は、すぐに返答する。
「…貴様の名は何と言うのじゃ?」
「あぁ…。秋山秀次だ」
「そうか、秀次か…。それなら、今日から秀坊と呼んでやろう」
「…なんでもいいよ」
こうして、秋山秀次と柊なぎさの共同生活が始まった。

2話目以降のURL

1章:時を超えて

 2.野望とは

3.弱気

4.微笑みの奥には

5.魅惑

6.兄妹

7.乙女の秘密

8.言葉の先

9.足りないもの

10.俯瞰と違和感

11.小さな成長

12.会合の行方

13.水面が揺れて

2章:出会い

1.思惑

2.視線を上げたら

3.緊張と緩和

4.再会

5.宴の最中

6.宴が終わると

7.事象と疑念

8.演劇

9.事実の先

10.疑惑の種

11.動機

12.女優

13.縺れた糸

14.宴のあと

15.参考

16.懇願

17.神具と記憶

18.観光と…

19.敵のいざない

3章:悩み、そして

1.嘘かまことか…

2.遭遇

3.親友

4.憧れの人

5.将来

6.やりたい事

7.過去と現在

8.相反する思想

9.不明な采配

10.改変

11.変化

12.手紙

13.足りないピース

14.論戦

15.勧誘

16.幕引き

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