三秒もどせる手持ち時計(1章11話:小さな成長)
11.小さな成長
昼休みが終わり、しばらくすると飯田が悪びれもせず座席に着いた。すると、飯田が口を開いた。
「俺が間違ってったって?お前の資料がわかりにくいからじゃないのか」
飯田は、勝山が不在なことをいいことに悪態を垂れる。
「飯田さんが、案件の意図を理解していないからじゃないんですか?何なら全部ひとりでやってもらってもいいんですよ」
秀次も、怒気をぶつける。すると、顔を赤らめた飯田が何かを言おうとした。その時、
「秀次君。言い過ぎ」
真田が、席を立ち上がって言った。
「飯田さんも、今はそんなことを言い合っている場合じゃありません。誰が悪いかは、勝山課長と話し合って決めてください」
真田の鋭い視線が、二人を襲う。
「今は、誰がではなくて、何を、どうするかです」
真田は、改めて二人を見渡した。
「私は、条件から全てをチェックしていきます。飯田さんは、案件の資料を課内展開して、工程の進捗を確認してください。秀次君は、さっき課長に言ってたコア部の検討をお願いします」
「…わかりました」
秀次と飯田は、小さくそう言った。
秀次は、飯田が展開した資料からコア部の検討を進めた。しかし、どうにも上手くまとまらない。
現在、飯田が細かい工程を確認しているが、かなり製造工程が進んでいると思われる。秀次は、何パターンか案を考えてみたが、どのパターンも製造を最初からやり直さなければならないものばかりだ。
秀次は、腕を組みながら、背もたれにもたれた。そして、大きく息を吐いた。飯田は、まだ戻らない。山口班長の怒りを必死に抑えているのだろうか。勝山は、製造部と生産管理部に掛け合っている。真田は、淡々と作業を進めているようだ。
すると、隣から声が聞こえた。水口からである。
「ごめん。水口、今は相談には乗れそうにない」
秀次は、息交じりの声で答えた。
「いえ、そうじゃなくて…。飯田さんの案件は、この部品を使ったらいいじゃないかと思いまして…」
秀次が水口のパソコン画面を見ると、電子制御で動く温度調節器が映っている。
「これを使ったら、改造の工数は少なくて済みそうだと思います。でも、コストと調整の時間が多くなるかもしれませんが…」
秀次は、その画面を見ながら考えた。もしかすると、いい案かもしれない。
「やっぱり、ダメですかね…」
水口が、自信なさげに答える。
「いやいや。いいかもしれない。水口、自分の仕事は大丈夫か?」
「今は、少し余裕があります」
水口の表情は、以前と比べて明るい。少し自信が出てきたのかもしれない。
「じゃあ、今から言うパターンで調整案を検討してみてくれ。俺は、設置方法とか他もろもろを考えるから」
「わかりました」
一時間半ほど経過すると、勝山と飯田が戻って来た。勝山の表情は険しく、飯田は俯いている。製造部にひどく責め立てられた違いない。
その頃、秀次は検討案をまとめ終えていた。水口も、順調そうに見える。
「水口。出来そうか?」
「あと少しで出来ます」
水口は、パソコンを見ながら答える。
「資料が完成したら、一度、俺に見せろよ」
「そのつもりです。この前、学びましたので」
やはり、水口は頭がいい。今まで、仕事の進め方や方法が分からないから、二の足を踏んでいただけかもしれない。
秀次は、水口案を確認した。特に、問題も無さそうだ。そして、
「課長には、水口が説明しろ。水口の案、なんだから」
と言いながら、水口と共に勝山の席に向かった。
「なんだ、水口。今は取り込んでいるから、後にしてくれないか?」
勝山が、やや険しい顔で言う。
「課長。この資料を見てください」
秀次は、そう言いながら水口を促す。勝山は、水口から資料を受け取り、真剣な表情で読んでいる。
「水口。これを一人で考えたのか?」
勝山の表情は、まだ険しい。
「秋山さんと一緒に…」
水口の声は、萎んでいく。
「詳しく説明してくれ」
勝山は、そう言いながら、資料に目を落とした。水口は、言葉巧みとは程遠いが、論理的かつ丁寧に説明している。
「これは、コスト調整と工場での試験、それから客先への説明が必要だな」
勝山は、静かに答える。そして、数秒すると再び口を開いた。
「…しかし、この水口案しかなさそうだな。秋山、取り付けとか他の要素はどうだ」
「検討済みです」
秀次は、そう言いながら勝山に資料を渡した。勝山は、二・三回頷くと、次は真田の方を向いた。
「真田。他に変更が必要なところはあるか?」
「水口君と秋山君が担当した箇所以外は、微修正で済みそうです。資料送ります」
勝山は、目の前のパソコンを見ながら、再び頷く。
「三人とも、ありがとう。助かったよ。後は、俺と飯田で何とかするから、自分の仕事に戻ってくれ」
勝山は、そう言うと、すぐに飯田を呼び出した。
「飯田。今週中に、水口案の図面化と調整資料、客先報告書を作れ」
しかし、飯田は露骨に嫌な顔をしている。
「今週中って、今日と明日しかないじゃないですか。そんなの――」
「既に、後輩たちが整合チェック、修正案とポンチ絵、詳細検討までを終えている。後は、まとめるだけだ。それなら、出来るだろ」
勝山は、飯田の悪態に対する怒りを最大限に押さえながら、言葉を発しているように見えた。
「…わかりました」
飯田は、そう言うと力なく自席に座った。しかし、彼からは謝罪や感謝の旨を伝えられることは無かった。
帰り道、秀次は『逆巻き時計』を見ながら、なぎさに話しかけた。
(今回は、逆巻き時計を使わなかったな)
(毎度、神具に頼るものでもないじゃろ)
秀次も、それは間違いないと思った。
(ところで、秀坊よ。あやめに、女狐と会う予定を伝えたか?)
(あっ…伝えてない)
秀次は、忘れていたフリをした。しかし、実際は真田に言い出せなかっただけだった。
(さっさと伝えんか。情けない“をのこ”よのう)
秀次は、聞き覚えのあるセリフを聞きながら、真田にチャットを送るのだった。
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