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三秒もどせる手持ち時計(3章4話:憧れの人)

4.憧れの人

 美月の“メイクアップサロン”の奥には、従業員用の控室がある。そこは、棚やテーブルが無機質に置かれており、奥には小さめの冷蔵庫もあった。
「まぁ。少し散らかってるけど、適当に座って」
 秀次たちは、美月の指示に従って、手前にあるパイプ椅子に座り、『逆巻き時計』を隣に置いた。すると、美月がグラスと適当なつまみをテーブルに置き、冷蔵庫に手を掛けた。
「ビールとハイボールどっちにする?」
 美月が言う。そして、秀次はハイボールを、あやめはビールを頼んだ。
 会話は、美月を中心に進んでいった。最初、秀次とあやめの馴れ初めなどから始まり、桜子の話題へと移っていった。
「桜子さんとは、婚活パーティーで出会ったんだ」
 美月が言う。
「秀坊が、うつつを抜かしおってなぁ」
 なぎさが続ける。
「いや、それはあれのせいだろ」
 秀次は、あえて『魔性の香水』の名前を出さなかった。
「あの女狐…改めオタサーの女王も、神具を持っておっての。しかし、」
「うつつは、抜かしてたよ!」
 あやめが、なぎさの言葉に被せて言う。
「いや、あやめちゃん。あれは――」
「だって、迷ってたじゃん。私、ほんと泣きそうだったんだから」
 あの時、あやめは泣いていた。今では、本当に申し訳なく思う。
「…ごめん」
「まぁいいじゃん。今、こうして一緒にいるんだし」
 美月は、笑いながら言った。
「ところで、あやめちゃん。桜子さんから連絡あった?」
 美月がさらに続ける。
「なんか取り込み中みたいだよ」
 あやめが、先ほど届いた塩ラーメン啜りながら言う。
「仕事中なのかなぁ」
 秀次が言う。すると、美月がスマホの画面を向けた。
「違うと思うよ。ほら、これ見て」
 美月は、画像投稿アプリを開いていた。そこには、甲冑のような衣装を着た桜子が映っている。どうやら、コミケに参加していたらしい。
「これは、何のコスプレ?」
 あやめが言う。
「多分、ジャンヌダルク」
 美月が答える。よく見ると、桜子は長い槍を持ってポーズを決めている。さらに、それには千を超えるハートが押されていた。
「大人気じゃん」
 あやめが、スマホ画面を指さした。見ると、フラワーアーティスト桜子公式アカウントのフォロワー数は、一万を超えていた。
 すると、『空言の筆』から柊ダリアが映し出せれた。
「ダリア。また、師匠に叱られた?試験勉強をサボりすぎだって」
 美月が言う。
「ちゃんと勉強してるんだけどねぇ。息抜きも必要だって、なんで分からないかなぁ」
 聞くと、ダリアは宮廷絵師の師範代試験を二回落ちているそうだ。
「時にダリアよ。お主は、どうして『時の羽衣』を使ったのじゃ?」
 なぎさが問う。念のための確認なのだろう。
「いやぁ、ツクヨから聞いて面白そうだと思ってさ。それに、暇だったし」
「いや。勉強しろよ」
 秀次は、思わず言葉が出てしまった。
「秀次さん。息抜き、息抜き。難しい顔ばっかりしてたら、疲れちゃいますよ」
 返す言葉もない。
「まぁ良いわ。ところで、最近変わったことはあったかの?ダリアは、宮廷絵師ゆえに派閥を超えた交流も可能じゃろう」
「うーん。派閥とかどうでもいいんだけど…」
 ダリアは、唇に左中指を当てながら、宙を見た。
「そう言えば、最近、ミコト兄さんとマテラ兄さんがコソコソしていたような…」
 マテラ兄さんこと柊マテラは、皇后派に属する第5皇子だという。また、彼は軽薄で、本心が見えない人物だそうだ。
「あの道化が、ミコト兄さまと…。何やら不気味じゃの」
 なぎさは、さらに質問を続けたが、これ以上詳しくは知らないらしい。
 すると、あやめが鞄からパソコンを取り出した。そして、自分の前にある数本の空き缶を捨て、パソコンを置いた。
「桜子ちゃん。準備できたって、繋ぐよ」
 あやめは、そう言うとパソコンでチャット画面を開いた。すると、ピンク色のジャージを着た桜子が登場した。
「最近このパターンが、多いですわね。また、ツクヨさんに用かしら?」
 桜子が問う。見ると、桜子は風呂上りなのか、ほぼスッピン姿で登場した。
「違うよ。今回は、フラワーアーティスト桜子がメインだよ」
「あら、あやめさんに言ってたかしら?それにしても、あやめさん。今日は、一段と美人ね」
 あやめは、桜子の問いに照れながら感謝を告げた。
「今日は、ここにいる森美月さんがどうしてもって言うからさ。フラワーアーティスト桜子のファンだそうだぜ」
 秀次が続ける。
「あら、秀次さんもご一緒なんですわね。美月さん…。あぁ札幌の」
「初めまして、森美月です。桜子さんと会話できるなんて、何を話せばいいのやら」
 美月は、かなり改まって言う。
「こんな女狐などに気を使わなくてもよいのだぞ。美月よ」
「また、なぎささん。かよわい桜子は心が砕けそうですわ…。って、秀次さん、あやめさん、そこは笑う所ではなくてよ」
 桜子も、調子が良さそうだ。
「そうそう。美月さんも神具を持ってるんだって」
 あやめが言う。すると、ダリアが画面に向かって手を振った。
「あら、…。あら、そう。じゃあ、出てきてちょうだい」
 桜子がそう言うと、ツクヨが姿を現した。
「ダリア姉様。もう少し、自重なされた方が…。試験勉強は、順調ですか?」
 ツクヨが、痛いところを突く。
「それは、さっき師匠に怒られたところなんだよねぇ」
 美月が、ダリアを見て言う。
「通りで…。先ほど、宮廷絵師の師範が私の研究所に来て大変だったんですよ。『馬鹿に効く薬』を作れとか大騒ぎをして」
 秀次は、ツクヨがいつも淡々と暴言を吐くのを面白いと思っていた。
「作ってよ。ツクヨ。そうしたら、私も試験に合格するからさぁ」
 ダリアが懇願する。
「はい。たくさん本を読めば、大きな効果が出ます」
「これは、一本取られたね。ダリア」
 ダリアは、美月の言葉を聞きながら拗ねている。
「ところで、あやめさんのお化粧は、美月さんがされたんですか?」
 桜子が言う。
「はい。そうです」
 美月の表情は、まだ硬い。
「美月さん。敬語じゃなくてもいいですわよ。わたくしは、お友達を増やしたいと思っているので」
「桜子さん。友達少なさそうだもんな」
 秀次は、少し酔っていた。
「あら、ついに秀次さんまで。もう心が粉々ですわ。…さておき、わたくしも美月さんにメイクをして欲しいですわ。近々、伺っても良いかしら?」
「はい。楽しみにしています」
「美月さん。敬語じゃなくてもいいですわよ。そこにいる方々みたいに、失礼でなければね」
 桜子は、秀次とあやめ、なぎさを見回して言ったのだった。

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