見出し画像

三秒もどせる手持ち時計(3章3話:親友)

3.親友

「あやめちゃん。ちょっと待っててね。すぐ戻るから」
 美月みつきはそう言って、『空言そらごとふで』を見た。
「これね。三角形の印に触れて想いを込めると、その部分が分かりにくくなるのよ」
 美月は、笑顔で言った。
「あんた、なんかコンプレックスある?見たところ、そんなの無頓着そうだけど」
「バレているではないか。秀坊よ」
 なぎさが、笑っている。
「俺にも、そのくらい…」
 と言ったものの、あまり思いつかない。そこで、左腕のホクロを指定した。
「あら、そんなのでいいの?まぁ整った顔立ちだし、顔面は気にならないのかもね」
 美月は、そう言いながら『空言の筆』で秀次の左腕を撫でた。
 不思議な感覚だった。左腕のホクロの存在が、脳から抜け落ちていく。
「はい。終わったよ。あやめちゃんどう?彼氏さんの腕に何か見える?例えば、ホクロとか」
 美月は、秀次の左腕を手に取り、あやめに見せた。
「左腕にホクロ…あれ?ない」
 あやめは、不思議そうな目で見ている。それもそのはず、左腕のホクロが見当たらないのだから。
「はい、じゃあ落とすね」
 美月がそう言って、濡れたタオルで腕を拭った。すると、次第に左腕のホクロが浮かび上がってくる。
「すごいね。それ」
 あやめも、目を丸くする。
「ねっ、凄いでしょ。さっき、色々と試してたんだけど、人だけじゃなくて物にも効果ありだったのよ」
 美月は、筒を持つような素振りをしながら言う。秀次は、その仕草が気になった。『空言の筆』で、ボトルか何かを塗ったのかもしれない。
 すると、なぎさが口を開いた。
「…ダリアよ。貴様は美月に『時の羽衣』について話したのか?」
「何それ。聞いてない」
 美月が、なぎさの声に合わせて言う。しかし、それは恐怖というより好機の声に聞こえた。
「あぁ、ツクヨが言ってた気がするわ。でも、美月の場合、『空言の筆』に依存どころか、もはや研究してるから、問題ないと思うけど…」
 ダリアは、そう言いながら、美月に記憶の消去について話した。
「えっ。ダリア、私たちの思い出、消しちゃうの?それは、さびしいわ」
 美月が残念そうに言う。すると、ダリアが首を振った。
「美月。折角できた親友の記憶を消すわけないじゃん。たまたま生まれた時代が違っただけ。同じ時代に生まれてても、絶対、親友になってたはずよ」
 ダリアが言うと、美月も嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。折角できた晩酌相手がいなくなったらどうしようかと思った」
「えっ?それだけ?」
 すると、美月がダリアの問いに、舌を出して答えた。どうやら、時を超えた友情が成り立っているようだ。

 その後、しばらくは無言の時間が訪れた。美月はあやめのメイクに集中し、ダリアは宮廷絵師の師匠に呼び出されたそうだ。
 秀次がふと上を見上げると、棚の上に花が活けられていた。水色の花瓶が、彩りを添えている。
「美月さん。棚の上の活け花、綺麗ですね」
 秀次は、先日の小豆沢家の一件から、インテリアにも目が行くようになっていた。
「あぁ、わかる。これは、フラワーアーティスト桜子さんからの特注なの」
 秀次は、なぎさと顔を見合わせた。あやめも、美月を見ている。
「フラワーアーティスト桜子って、もしかして、小豆沢桜子?」
 あやめが、美月に問う。
「そうそう。よく知ってるじゃん。SNSで人気のフラワーアーティスト桜子だよ」
 秀次は、ここでも桜子の名前が出てくるとは驚いた。そして、なぎさが小声で言った。
「秀坊は、女狐に呪われておるようじゃの」
 すると、あやめが美月に桜子と友人である旨を話した。
「えっ。そうなの。桜子さんて、どんな人なの?やっぱりSNS通りなの?」
 秀次もあやめも、桜子のSNSなど見たことが無かった。派手な着物姿の写真をアップしているのだろうか。少なくとも、ピンク色のジャージを着た『オタサーの姫』ではないだろう。
「最近ね。桜子さん、素を出す宣言をして、プライベート写真も上げるようになったのよ」
 美月が楽しそうに言う。そして、秀次は吹き出しそうになった。まさか、まさか。
「でね。SNS界隈では、フラワーアーティスト桜子改め、オタサーの女王・桜子って呼ばれて、人気が急騰してるのよ」
「まさかの大反響!」
 あやめも笑いながら言った。そして、美月に実物もそのままだという意味の言葉を告げた。
 
「そろそろ、完成するよ」
 見ると、あやめはいつもの元気で透明感のある雰囲気から、目元や口元に艶やかさが加わった色気のある表情に変わっていた。
「どう?秀次君」
 あやめは、少し照れ言った。
「うん、綺麗」
 秀次は、それ以外の言葉が浮かばなかった。棒読みかつ言葉足らずなのは分かっていたが、何と言えばいいかも分からなかった。
「…秀坊よ。もっと、あるじゃろ」
「そうね。彼女がこんなに愛くるしい表情をしているのに」
 なぎさと美月が、残念な目で見つめてくる。
「二人とも。秀次君はそれでいいの。私は綺麗って言ってもらえただけで十分なんだから」
 あやめが、強めの口調で言う。
「秀次さん…。あやめちゃんのこと、大切にしなよ」
 美月が、憐みの目で見ている。なぎさからは、情けないという意味の言葉が聞こえた。
「まぁ、本人が喜んでる訳だし、外野は黙っておこうか。なぎささん」
「そうじゃの。秀坊は、あやめに感謝するのじゃぞ」
 秀次は、それはいつも思っていると言いたかったが、黙っておいた。
「そうだ、この後一杯どう?ラーメンでも頼んでさ。それに、酒は詰所にいっぱいあるし」
 美月が、二人を誘う。
「えっ。ほんと」
 あやめは、目を輝かせて言った。
「じゃあ、決まりだね。桜子さんの事も聞きたいし」
 美月の表情からは、桜子への強い憧れが滲み出ていた。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?