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三秒もどせる手持ち時計(3章2話:遭遇)

2.遭遇

 秀次とあやめは、大通公園を歩いている。秀次は、木々の緑や花壇の彩りを眺め、額の汗を拭った。
 一方、あやめは噴水の水しぶきを写真に収めている。先ほど、少し遅い昼食に大盛りの海鮮丼を食べて、さぞかしご満悦の様子だ。
(ほう、ここが北海道という地か。なんだか、秀坊たちが住む街とは違った空気が感じられて好きじゃぞ)
 どうやら、なぎさもご満悦のようだ。
 それもそのはず、前方に伸びる風景には高い建物があまりなく、見ると開放的な気持ちにさせてくれる。さらには、遠くで聞こえるジャズの調べも足取りを軽くしていた。
 秀次も、自然と視線が上がった。そして、知らない土地の知らない風景を見るもの悪くないと思った。
 しばらく、散歩を続けると、あやめが何か食べ物を要求し始めた。そこで、二人はホテルのチェックインを済まし、さっそく飲食店を求めて繁華街へと向かった。
「すすきのと言えばラーメン。特に塩ラーメンが絶品なんだって」
 あやめが、万遍の笑顔を向ける。それを見た秀次も、自然と笑顔がこぼれる。そんな和やかな雰囲気の中、なぎさが異変に気付く。
(秀坊。これは、神具の呼応じゃ。近くで神具が使われておる)
(マジかよ)
 しかし、秀次には『逆巻き時計』の変化は感じられなかった。どうやら、案内人にしか神具の呼応は感じられないらしい。
「どうしたの?」
 あやめが聞く。
「なぎさ曰く。近くで誰かが神具を使ったらしい」
「えっ。詳しい場所はわかるの?」
 すると、なぎさはその問いに分かるという意味の言葉を返したので、そのまま伝えた。
「じゃあ、行ってみよう」
 あやめが言う。
「ラーメンはいいのか?」
 秀次は念のため、問う。
「大丈夫。それに、少し我慢した方がおいしく食べれそうだし」
 あやめが真剣な顔で言う。しかし、秀次は思った。今はまだ、夕食には早すぎるのではないかと。

 神具の呼応は、少し路地に入った場所にある建物の地下から感じられるそうだ。秀次たちは、なぎさの誘導のもと、その地点へと向かった。
 見ると、看板には、“メイクアップサロン”と書かれている。しかし、元は理髪店だったような風貌だった。
 中に入ると、ホワイトグレーの巻き髪をした女性が、筆で何かを描いているように見える。しかし、筆の先には何も見えない。
 すると、彼女は秀次たちに気付いた。
「今日はもう店じまいだよ。何か用かい?」
 その女性は、ラフな灰色の羽織を揺らして言った。
「あーもう終わりですか?メイクして欲しくて来たんですけど…」
 あやめが言った。秀次は、あやめの社交的な姿に大いに助けられたと思った。
 すると、彼女が筆を置き、あやめに近づいてきた。見ると、彼女の持っていた筆のダルマに正三角形の印が見える気がする。
(なぎさは、あれはもしかして…)
(うむ。おそらく『空言そらごとふで』じゃ)
 『空言の筆』は、感覚を司る神具だという。『空言の筆』に想いを込めながら筆を走らすと、その部分の重要度が著しく下がり、ついには相手から認識されなくなる。しかしながら、実物が消滅するわけではないので、時間と共に認識レベルが元に戻っていくらしい。
(なるほど。つまり、一時的に何かを隠すにはもってこいというわけか…)
 しかし、彼女からは隠すどころか、奪われることすら考慮していないように見える。すると、隣から声が聞こえた。
「綺麗な顔」
 店主であろう女性が、あやめを見て言う。
「いいわ。座って。もっと美人に仕上げてあげる」
 そういうと、彼女はあやめを席へと案内した。秀次は、とりあえず待合室に向かおうとした。しかし、あやめに引き留められたので、近くの椅子に座った。
 彼女の名前は、森美月もりみつき。このサロンの店主だという。まだ、開業して間もないので、客足がよろしくないと言っている。
 秀次は、『空言の筆』の在り処を確認した。それは、美月が最初に置いた場所から動いておらず、隠す気も無さそうだ。
(なぎさ、どう思う?あまりにも無防備というか。今まで出会った使用者とは、全く違う雰囲気を感じるぜ)
 秀次は、なぎさに問う。すると、なぎさも同意しながら何かを考えているようだ。
(うむ。この雰囲気…。おそらくは、中立派の誰かじゃな。だとするならば)
 なぎさの予想では、柊ダリアという人物が案内人なのではないかという。柊ダリアは、第8皇子かつ宮廷絵師見習いの肩書きを持つ。また、彼女は派閥闘争には全く関与せず、自由に暮らしているらしい。そのため、ある意味で孤立している人物でもあるそうだ。
(つまり、単刀直入に聞いてみても問題なさそうってことか?)
(うむ。その上、ダリアは宮廷絵師の見習いをやっておるが故、それぞれの派閥を見る機会も多いはずじゃ)
 すると、あやめが美月に話しかけた。
「その筆は、高価な筆なんですか?」
 あやめは、『空言の筆』を指して言った。
「あぁ。これね。『空事の筆』って言うんだって。突然、家に届いたと思ったら、立体映像が出てきて驚いたのよ」
 美月が、あっさり白状する。
「面白いから、見る?」
 美月は、『空言の筆』の方を見て言った。
「ダリア、お客さん。あんたを見たいって」
 すると、『空言の筆』から光が放たれ、灰色の着物を身にまとった黒い巻き髪の女性が映し出された。
「初めまして、柊ダリアと申します」
 柊ダリアは、穏やかな口調で言う。その口調や醸しだす雰囲気からなぎさよりも年上に見える。すると、ダリアが美月の方を見て言った。
「って美月。いつも言ってるけど、私は客寄せ遊具じゃないのよ」
「ねっ。面白いでしょ」
 美月が笑いながら言う。そこで、秀次も『逆巻き時計』椅子に置き、なぎさに出るように促した。すると、二人は少し驚いた素振りを見せたが、すぐに状況を受け入れたようだ。
「久しいの、ダリア。にしても、いつもこうなのか?ちと無防備すぎんか?」
 なぎさは、堂々とため口で話す。
「まぁ美月も楽しそうだし。みんな、おもちゃだと思ってそうだし。いいじゃない、なぎさ姉さん」
 ダリアが、ため口で話す。
「変わらんのう。ダリアは」
 なぎさは、ため息をつく。
「ん?ダリアさんは、なぎさの妹ってことでいいんだよな」
 秀次は、かねてから疑問を投げかける。
「そうじゃ。わらわは第3皇子。ダリアは第8皇子じゃ。ダリアは、老け顔だから分かりにくいかもしれぬが」
「姉さん。老け顔じゃなくて、大人びた顔。いつも言ってるじゃないの」
 ダリアは、なぎさと親交があるようだ。
「ところで、その神具は…」
 秀次が言った。すると、間髪入れずに美月が言った。
「あっ使ってみる?」
 美月は、そう言って『空言の筆』を手に取ったのだった。

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