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三秒もどせる手持ち時計(2章7話:事象と疑念)

7.事象と疑念

 神奈川凛かながわりんの一報を受け、パーティールームにいた面々は離れへと向かった。離れは、玄関から庭に出た先にある。離れの扉を開けると、土間に陶器の破片が散らばっていた。
「心!心!いるなら出てきなさい!」
 小豆沢京子あずさわきょうこが叫ぶ。すると、足音が聞こえた。愛葉心あいばしんが、階段から降りてくる。
 秀次は、小豆沢家の面々の後ろから、離れの様子を見た。一階には、奥にトイレと洗面台があるだけで、他には何も無かった。
「…どうされたんですか?皆さん」
 そう言って、下を見た愛葉心の表情も固まった。
「どうって、これは何?」
 京子が、愛葉に詰問する。
「…これは、『鶴と水面みなも』。誰がこんなことを」
「誰って、状況的にあなたしかいないでしょ」
 京子は、さらに追い立てる。
「いや、俺は知りません」
「嘘おっしゃい。じゃあ何故これがここにあるのよ」
 京子が声を荒げていった。すると、
「京子さん。少しお静かになさってください」
 小豆沢祥子しょうこが言った。その口調には、柔らかくも重みがあり、雰囲気を一変させるだけの迫力があった。
「事態を決めつけるには、時期尚早でございます。まずは、事象の把握と処理が先決です」
 そう言うと、祥子は凛の方を向いた。
「凛さん。『鶴と水面』の破片を隈なく集めていただける。復元が可能かもしれません」
 さらに、祥子は辺りを見渡して続けた。その真剣な表情の奥には、悲しみや後悔の類が微妙にブレンドされているような気がした。
蓮也れんや。敷地の戸締り状況の確認をお願い。京子さん、心さん、倉庫の鍵の所在を確認してください」
 すると、蓮也が一瞬、怪訝な表情を見せたが、それに同意した。それに続き、京子と心も祥子の提案に同意した。
 聞くと、『鶴と水面』が保管されている倉庫の鍵は、合計三本あるそうだ。一本は、祥子と凛が共有で使用しており、一本は蓮也夫婦、もう一本は愛葉心が持っているという。
 すると、秀次は祥子と目が合った。その表情には、困惑の裏に期待や懇願といった印象も含まれいた。
「北村様、秋山様。申し訳ありませんが、ここにいる全員から事情を聞いていただけませんか?」
 祥子は、申し訳なさそうに言った。
「これは、おそらく小豆沢家内の事情です。そのため、小豆沢家とは関りが薄いお二方にお頼みするしかありません」
「わかりました。祥子さん。任せてください!」
 北村涼は、そう言うと秀次を見た。そして、
「秋山さん。お手伝いよろしくお願いします」
 秀次は、目を瞑りながら小さく頷いた。
 
 北村涼と秀次による事情聴取は、一階の空き部屋で行うそうだ。その部屋は、玄関からすぐ左にある部屋で、北村涼が宿泊する部屋の隣に位置する。
 祥子によると、敷地は塀で囲まれており、外に出る扉は全て鍵が掛かっていたという。また、外部からの侵入があれば防犯システムが作動するが、その形跡もないらしい。
 さらに、現時点で倉庫の鍵は蓮也夫妻の部屋、愛葉の部屋、祥子のポケットにあるそうだ。
「秋山さん。これから、空き部屋の準備と事情を聞く順番を決めますので、十五分後にこの部屋に来てください」
 北村涼が、そう言うと祥子に何かを話し始めた。
(何やら、面倒なことになったのう)
 なぎさが、残念そうに言った。
(そうだな。ところで、俺は必要なのか?)
 秀次も、ため息交じりに言う。
(まぁのう。小豆沢家にとって完全な部外者なのは、秀坊とあやめだけだからのう。であれば、秀坊の方が頼みやすいかもわからぬ)
 秀次は、なぎさと会話しながら、あやめと桜子を探した。桜子の部屋に行ったのか?
(なぎさ…。済まないが、一つ頼まれてくれないか?)
(ん?どうした。秀坊がそんなことを言うのは、珍しいのう。言ってみい)
 秀次は、なぎさに自分の案内人を一時的にツクヨに変われないかと尋ねた。それは、これから多くの人の事情を聞いて、整理するならツクヨが適任じゃないかと思ったからだ。
(なるほどのう。確かに、ツクヨならわらわよりも適任かもしれぬ。しかし、それなら『魔性の香水』を使えば、すぐ分かるのではないかのう?)
(それは、そうだけども、何だろう…)
 秀次は、それだけでは解決できない何かを含んでいるような気がしていた。
(…何か、思う所があるのじゃな。秀坊の意見は分かった。しかし…)
 なぎさには、何か懸念点があるようだ。そう考えながら桜子の部屋をノックした。すると、「どうぞ」と声が聞こえた。
 中に入ると、あやめと桜子が神妙な顔をしている。
「申し訳ありません。このような事に巻き込んでしまって…」
 桜子が、頭を下げる。
「いいですよ。気にしないでください。それよりも――」
 秀次は、桜子に案内人の交換を提案した。
「わたくしは、構いませんわよ」
 桜子が言う。
「私も、大丈夫です」
 ホログラムのツクヨが言う。
「なぎさは?」
 秀次は、なぎさに聞く。しかし、ホログラムのなぎさは何かを考え込んでいる。
「何か問題でもあるのか?」
 秀次が、さらに問いかける。
「うむ。神具の交換自体は、賛成のなのじゃが…」
 なぎさにしては、珍しく歯切れが悪い。
「そうすると、わらわがこの『性悪で陰気な女狐』と通信しなければならないのじゃろ?それがのう…」
「あら、わたくしは気が合うと思いますわよ。なぎささん」
 桜子が、意地の悪い笑顔で言う。
「あーもう。じゃあ、『逆巻き時計』をここに置いて、私と三人で話せばいいじゃん。そうすれば、性悪陰キャな桜子ちゃんの瘴気にさらされないから」
 あやめが、声を荒げる。
「なるほどのう。そうすれば、『性悪陰キャな女狐』の瘴気に触れなくても済むのう」
 なぎさが、頷いている。
「二人とも、失礼すぎますわよ。…まぁいいですわ。そうと決まれば、すぐに交換しましょう」
 桜子がそう言うと、『魔性の香水』の印を見せた。そして、秀次もそれに『逆巻き時計』の印を合わせた。
 風が通り過ぎるような感覚だった。前回は、意識を奪われていたので感じなかったが、同じなのであろう。
 秀次は、試しにツクヨと交信してみた。
(ツクヨさん。聞こえますか?聞こえたら、返事してください)
(聞こえていますよ。秀次さん。あと、丁寧語ではなくてもいいですよ)
 ツクヨの声が聞こえた。
(わかった。じゃあ、よろしく)
(こちらこそ、よろしくお願いします)
 秀次は、改めて思う。なぎさとは大違いだなと。
 
 秀次が聴取部屋に入ると、三つの椅子が向かい合って置いてあり、その一つに北村涼が座っている。秀次は、彼に軽く会釈をして椅子に座った。
「秋山さん。早速ですが、今日の19時から21時の行動をお互いに話しましょう。その後、この順番で話を聞いていきます」
 涼は、そう言って手書きのメモを渡してきた。それには、上から『桜子、真田、蓮也、京子、愛葉、祥子、凛、柚葉』と書かれていた。
(…何か、作為的なものを感じますね)
 ツクヨが言った。
(…ツクヨはどう思った?)
 秀次が聞き返す。
(桜子さんの目を通して見ておりましたが、状況的に最も怪しいのは愛葉さん、次いで柚葉さんと言ったところでしょうか)
 ツクヨが、一呼吸置く。
(さらに、祥子さんや凛さんも式典の世話役とは言え、自由に動ける人物です。にも拘らず、この人物たちは後半に位置しています。通常ならば、怪しき人物の話を最優先に聞きたいのではありませんか?)
 秀次も、その意見に同意する。しかし、その意図までは分からなかった。単に、思い付きで並べたのかもしれない。
 すると、北村涼がスマホの録音機能を開始し、状況を話し始めた。
 北村涼は、パーティーのほとんどの時間を小豆沢蓮也および京子と過ごしていた。細かくは、京子がお色直しをしていた19時半から20時までは蓮也と、その後はあやめを囲んでいたという。
(私の印象と相違はありませんね。後は、蓮也さんから19時半から20時までの話を中心に聞ければ、白でしょうか)
 秀次も、ツクヨの意見に概ね同意した。しかし、直接的ではないものの、何かを隠しているような気がした。
 続いて、秀次も状況を述べた。内容は、ほとんどの時間をあやめか桜子と過ごし、19時半から20時までの間は柚葉の部屋で花火を見ていたことであった。
「なるほどですね。では、桜子さんと真田さんに聞けば、概ね白ですね」
 秀次は、改めて順番のメモを見た。前半の四人で、秀次と涼の状況がわかる。これは、つまり…。
 そう考えていると、桜子が部屋に入って来た。

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