見出し画像

三秒もどせる手持ち時計(3章9話:不明な采配)

9.不明な采配

「秀坊よ。今日は、ちと催しがあっての。わらわは、通信が出来ないのじゃ。いと寂しくて、不安じゃろうが、何とか耐えてくれ」
 なぎさが、またしても戯言を言っている。聞くと、今日なぎさの時代では、皇帝の誕生祭が執り行われるそうだ。また、今回から、そのイベントでは各派閥に関係なく一堂に会するように変わったらしい。
「じゃあ、ツクヨちゃんとかダリアちゃんとか、他の皇后派の兄妹とも直に会えるの?」
 あやめが、化粧をしながら尋ねる。
「左様。じゃが、皇后派の面々は参加を拒否したらしい」
「何でまた?」
 秀次も、着替えながら聞いてみる。
「うむ。今回の催しは、どちらかと言えば中立派の面々と顔を合わせようといった意図があっての。その意図が、気に食わんのかもしれんの」
「よほど、絡みたくない事情でもあるんじゃないか?」
 秀次は、靴下を履きながら言う。
「かもしれぬの。おっそろそろ時間じゃ。秀坊は、わらわの声が聞けずに涙するがいい」
 なぎさは、そう言って通信を切った。

 さて、秀次とあやめが出社すると、勝山が部長である合田に何かを言われている。合田は、専務取締役の地位にあり、秀次の所属する設備設計課を含む技術部の長だ。とは言っても、秀次とは役職が離れすぎているので、交流はほとんどない。
「なんか、課長の顔、険しいね」
 あやめが言う。
「関わったら、ロクなことないよ」
 秀次は、小声で返す。
 秀次が席につき、パソコンを立ち上げていると千賀が話しかけてきた。その表情もやや険しい。
「秋山、真田も、今日は朝礼が終わったら会議室Aに集合らしい。何やら、課長から話があるそうだ」
 千賀は、そう言うと会議室Aのある奥のスペースに歩いていった。
「これ…さっき見たのに関係してるよね。絶対」
「あぁ。また面倒なことになりそうな気がするよ…」
 秀次は、今すぐに帰りたくなった。

 会議室Aに入ると、パソコンを開けた勝山と千賀が座っていた。あまり良い話ではないのであろう。二人の表情は、共に冴えない。
 すると、飯田と水口が入ってきた。水口は、相も変わらず無表情であった。それとは対照的に、飯田の足取りは何故だか軽く見える。
 秀次は直感した。これは、ロクなことが起こらないと。
「全員揃ったな。今、集まってもらったのは、さっき合田部長からされた話だ」
 勝山によれば、東京都の大型案件が失注の危機に直面しているらしい。それは、戸部寿幸とべとしゆきが直接進めていた案件であり、仕様上の折り合いが先方と付かないのだという。
「戸部さんって、秀次君は富山で一緒だったんだよねぇ。確か、副参事だったような…」
 あやめが、小声で聞く。
「そうだよ」
 秀次も、小声で答える。
 副参事とは、部長クラスの役職資格である。秀次は、そんな地位の人が、なぜ出しゃばった真似をしているのかが疑問だった。余程、功績が欲しかったのかもしれない。
 すると、勝山がパソコンを操作した。
「この資料を見てくれ」
 そう言うと、勝山の隣にあるスクリーンに資料が映し出された。それは、先日、千賀に見直しを頼まれた資料だった。特に、おかしな所は無かったはずだが。
「戸部副参事は、この資料を基に案件の提案を行ったらしい。しかし、それが本案件の条件とは合わず失注の危機に瀕していると言っている」
 それは、最新形式の技術資料であった。しかし、問題となっている案件とは、条件が見るからに合っていない。その上、それは社内用の資料では無かっただろうか。
「秋山」
 勝山は、秀次の名前を呼んだ。嫌な予感しかしない。
「秋山は、この資料の見直しをしたと聞いたが、スペックを誇張しすぎていないか?誰かに見てもらったのか?」
 秀次は、資料を改めて見た。確かに誇張されている。しかし、そのような事を書いた覚えは一切ない。
「…課長。俺、そんなことを書いた覚えは無いです。それに、その資料は新型の社内用資料ですよね。客先に出ている時点で、おかしくないですか?」
 秀次が弁明する。すると、
「それは、お前が客先に提出したんじゃないか?」
 飯田が、何かを言っている。しかし、秀次はそれを無視した。勝山も、それは分かっているだろう。
 しかし、勝山は頷くだけで何も言わない。一体、何が始まろうとしているのか。秀次の嫌な予感は、的中しようとしている。
「さっき、合田部長からは本件の代替え案と再発防止案の作成を言い渡された。そこで、本件は飯田を中心に対策に当たってもらおうと思う」
 秀次は、耳を疑った。勝山は何を考えているのだろうか。飯田に務まるはずがないではないか。しかし、勝山は秀次の思いとは裏腹に、本件の布陣を話し始めた。
 勝山の提案は、飯田を頭とし、千賀と秀次がサポートする。そして、あやめと水口が既存の案件を処理していくというものであった。
 秀次は、周りを見た。しかし、あやめや水口はおろか、千賀も何も言葉にしない。
「じゃあ、すまんが役員から呼び出しを食らっているから、あとは頼むぞ」
 そう言って、勝山は会議室から出て言った。
「という訳ですので、係長もよろしくお願いしますね」
 そう言って、飯田は不敵に笑った。そして、飯田は自身のプランを話し始めた。それは、原因の調査とスペックの洗い出しといった上辺を撫でた内容であった。
「飯田さん。ちょっといいですか。戸部さんと先方がやり取りをした資料なんかは無いんですか?それを基に検討したいんですが」
 すると、飯田は怪訝な顔をした。
「そんなものは無い。自分で考えろ」
 飯田は、強い口調で言った。そして、秀次は思った。この案件は、必ず失注すると。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?