見出し画像

三秒もどせる手持ち時計(3章12話:手紙)

12.手紙

 秀次とあやめは、新大阪にある例の喫茶店に来ていた。向かいには、前回と同じく大竹聡一郎おおたけそういちろうと柊なごみが座っている。今は、マスターが人数分のコーヒーを運び終え、新聞を広げていた。
 秀次は、壁になぎさを映し出した。しかし、彼女は前回のような戯言は言わなかった。
 先日、聡一郎からチャットが届いた。それによると、証言を集め終えた田村が、それを持って冷泉れいぜいの事務所に押し掛けたらしい。しかし、もみ合いになり警備員に取り押さえられたという。
「田村が早まりやがって、一人で押しかけおったんや。ほんで、その時にデータの入ったメモリーを奪われたらしいわ」
 聡一郎が、険しい表情で話す。
「警察には?」
 あやめが、不安そうに言う。
「それは、大丈夫や。冷泉は今後、邪魔をしないことを条件に届け出はしないことにしたらしいわ」
「そのデータには、具体的に何が入ってたんだ?」
 秀次は、聡一郎に問う。聞くと、被害者の証言が入った音声データと、氏名などの個人情報だという。
「…何やら、色々と問題が有りそうだけれど、大丈夫なのか?」
「…それに関しては、弁護士に相談するらしいわ」
 聡一郎は、眉を細めた。田村の独断を止められなかったことに責任を感じているのかもしれない。
「他には、何か情報はないのかのう?」
 なぎさが、口を挟む。
「おぉ、あるで。他の仲間が、冷泉の昔のSNSをチェックしてよ」
 聡一郎は、スマホ画面を見せてきた。それは、冷泉のSNSのスクショであった。日付は五年前、2019年の投稿である。
 その投稿には、『合同会社ジェネロッド発足。あらゆる人々に希望の光を』というメッセージと共に写真が添えられていた。
「この人、涼さんだよね」
 あやめが言った。見ると、今より少し若い北村涼と冷泉和也が肩を組んで映っている。冷泉の表情は、先日見たそれよりも明るく、目には熱が籠っているように感じる。
「涼さんは、あまり変わらないけど、冷泉は今と少し印象が違うな…」
「猫被っとんねん」
 聡一郎は、秀次の言葉に吐き捨てるように答える。
「この人…、この時から同じネックレスしてるんだね」
 あやめが、不思議そうに言う。見ると、冷泉の首元には銀のネックレスが掛かっている。
「あぁ、田村が信者から聞いたところによると、そのネックレスは会社を設立した時から付けてるらしいわ。何やら、初心を忘れへんようにちゅってな」
「初心ねぇ…」
 秀次は、少し目線を上げて考えた。冷泉は、最初から今のような事業をしたかったのだろうか?それとも、やはり『強運の賽』の魔力に負けて、今に至ったのだろうか?
「その首飾りが、あやつを揺さぶる鍵になりそうじゃの」
 なぎさが言う。すると、
「かもしれないねぇー。冷泉は、よく首飾り触ってそうだったしねぇー」
 なごみが返す。すると、聡一郎が胸ポケットに手を突っ込んだ。
「ほんでな、この手紙が俺宛に届いてん」
 聡一郎は、そう言ってテーブルに封書を置いた。差出人は、冷泉和也。さらに、中を開くと直筆で書かれた手紙が入っていた。
 その内容は、以下のものである。
『私が田村様、大竹様に対して行った数々のご無礼、深くお詫び申し上げます。そこで、大竹様に直接お会いして謝罪したいと考えております。また、田村様が事務所に置いて行かれましたメモリーもお返ししたい所存です。
 そこで、一度、私の事務所までお越し頂けませんでしょうか。なお、先日セミナーにお越しいただいた秋山様、真田様との同伴でも一向に構いません。ご検討の程、よろしくお願い申し上げます。』
「達筆だね…。でも…」
 あやめが、口を開いた。
「どう思う?」
 聡一郎が身を乗り出し、秀次を見た。
「…明らかに、誘ってるよな。で無ければ、封筒にメモリーを入れればいい筈だしな」
「さらに言えば、秀坊とあやめも連れてくるようにと読めなくはないのう」
 なぎさが言う。
「なんで…」
 隣から、あやめの不安さが伝わってくる。
「きっと、聡ちゃんたちが神具持ってるのバレちゃったんだよ…」
 なごみが、少しトーンを落として言う。
「聡一郎は、神具を使ったことがあるのか?」
「家で何回かは、試してみたで。でも、普段使いが分からんくてなぁ」
 聡一郎は、秀次の問いに頭を掻きながら答える。
「その神具には、どんな力があるんだ?」
 秀次は、どちらかと言えば、なごみの方を向いて話す。
「えーと。『隔絶の小箱』はねぇ――」
 『隔絶の小箱』は、木で造られた12cm四方の立方体であった。その内部には、黒い粘土状の物体が入っている。
 また、この神具には二種類の使い方があるという。
 一つは、小箱にモノを入れる使い方だそうだ。具体的には、『隔絶の小箱』に無機物を入れると、存在そのものが無きものとして認識されるらしい。
 もう一つは、小箱から黒い粘土を取り出す方法だという。その黒い粘土は、自由に形状を変えられるらしく、例えば厚さ0.1㎜にすると4m四方まで広げられるそうだ。
「つまりー。箱の中に入れるとモノを封印できて、黒い粘土を取り出すと壁とかに変形できるって感じだよー」
 秀次は、なごみの声を聞くと緊張感が薄れていくと感じた。
「これ、触ってもいいのか?」
 秀次が、なごみに問う。すると、なごみが大丈夫という意味の言葉を返した。
 秀次は、『隔絶の小箱』の中に手を入れてみた。形状の都合上、手首までしか入らない。しかし、特に変わった様子はない。空気に触れているような感覚だった。
 そこで、『隔絶の小箱』にスマートフォンを入れてみた。そして、念のため、電波状況を確認しておいた。
「あやめちゃん。俺のスマホに電話してみて」
「はーい」
 そう言って、あやめは電話を掛けた。そして、秀次が小箱の蓋を閉めた。
「秀次君。繋がらないよ。圏外みたい。って、あれ?秀次君、スマホ持ってたっけ?」
「え?俺、スマホ持ってないぜ」
「…」
 不思議な感覚だった。スマホという言葉は認識できるが、自分が所有している意識がまるでない。現代において、スマホを持っていない方が稀だというのに。
「秀ちゃん。小箱の蓋を開けてみて―」
 なごみの声が聞こえる。秀次は、それに従って蓋を開けた。すると、自分がスマホを所有していた事や小箱にスマホを入れた記憶が流れ込んでくる。  
 そして、確かに自分のスマホの存在を忘れていた記憶と共存する。
「なんとなくわかったー?『隔絶の小箱』を完全に閉じると、あったことすらわからなくなるんだよー」
 なごみが、緩く言う。
「なっ?難しいやろ。訳わからんから、どう使ったらいいかも分らんねん」
 聡一郎が、首を傾げながら言う。秀次も、確かに使いどころが難しいかもしれないと思った。
「それ、出してみたら、どうなるの?」
 あやめが問う。
「そうだねぇー。じゃあ、聡ちゃん。いつものやってー」
「へいへい」
 そう言うと、聡一郎が『隔絶の小箱』を手に取り、印を二回タップした。すると、小箱の中から黒い立方体が出てきた。
「どうやら、俺の思った通りの形になるらしいねん」
 聡一郎が、そう言うと、黒い立方体がLサイズのピザのような形に変化した。厚みは、2cmほどある。
「これ、全然重くないんやけど、やたらと硬いんやわ」
 そう言うと、聡一郎は近くにある木製の椅子の上に『隔絶の小箱(円形)』を置き、上から拳を繰り出した。その拳の速さは、明らかに素人ものではなかった。
 すると、黒い円盤の下にある椅子は、真っ二つに割れた。しかし、円盤には傷一つ入っていない。
「俺、こう見えても、空手二段やねん。インターハイでもええとこまで行ったんやけどなぁ」
 聞くと、聡一郎は幼少期から空手をやっており、現在も週に一回は道場に通っているらしい。
 すると、マスターが近づいてきた。きっと、椅子を壊したからだろう。かなり渋い顔をしている。
「あっ、マスター。悪い。弁償するから許してくれ」
 聡一郎が、焦って言う。
「聡。わしは、特に口を挟まんが、暴れるのはほどほどにしとけよ」
 マスターは、聡一郎にそう言うと、レジの方へ向かった。
「コーヒー代に椅子代も付けとくからな」
 マスターから手渡された伝票には、『椅子:一万円』と書かれていた。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?