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三秒もどせる手持ち時計(3章15話:勧誘)

15.勧誘

 秀次は、あやめの前に立ち、一歩下がった。黒川は、無言で近づいてくる。すると、冷泉れいぜいの姿が見えた。彼は秀次たちに背を向け、『強運の賽』を持ち直している。
「お帰りください」
 黒川が、無表情で言う。
「まだ、話は終わってへん、言うてるやろ」
 聡一郎が、叫ぶ。
「お帰りください」
 黒川は、そう言いながら聡一郎の手首を持とうとする。すると、聡一郎がそれを手の甲で払い、少し間合いを取った。
 緊迫感が流れた。聡一郎と黒川は、互いの出方を窺っているように見えた。
「あまり手荒な真似は、好きではありません。お帰り頂ければ嬉しいのですが」
 冷泉は、『強運の賽』を右手に持って言う。その表情は、穏やかだった。
「何をする気だ」
 秀次は、冷泉に問う。
「何もする気はありません。しかし、お帰り頂けないとあれば…」
 冷泉は、『強運の賽』を転がす素振りを見せ、黒川を見た。すると、黒川は再度、聡一郎に掴みかかろうとする。対する聡一郎は、左手で自身の顔面を守りながら、右前腕で黒川の手首を弾き、自身を守った左手で黒い円盤を出した。
「ほう。神具にはこのような使い方もあるのですか」
 冷泉は、冷静に観戦している。その姿からは、先ほどの心の乱れを感じさせない。
(あ奴ら、どうゆうつもりじゃ)
 なぎさは、冷泉の案内人に対しても言ったのであろう。しかし、秀次にはなぎさの疑問点が分からなかった。
 秀次は、聡一郎と目が合った。すると、聡一郎は「たのむで」という口の動きを見せた。そして、円盤状の『隔絶の小箱』が天井まで広がった。

 部屋は、二分された。聡一郎と黒川が、黒い壁の向こう側に消え、こちら側には冷泉と秀次、あやめが残されている。
 冷泉が黒い壁を触って、感触を確かめた。そして、
「…さて、秋山さん。あなたも神具を持っておられるのでしょう?お出し頂いても構いませんよ」
 彼は、少し余裕が戻っているように見える。
「あなたは、なぜそれを知っている?」
「とある知人から聞きましてね」
 冷泉は、目を見開いたまま、薄ら笑いをしている。
「知人?涼さんでは無いのか?」
「知人です」
 冷泉は、銀のネックレスを触りながら答える。
(秀坊。あ奴の案内人は――)
「秋山さんは、話の分かる人物だと見受けられます」
 冷泉の声によって、なぎさの声がかき消された。その表情は、セミナーで見せた柔和なものであった。
「私共は、決して弱者から搾取するような事を行っておりません。むしろ、協力です」
 冷泉の声は、柔らかく、透き通っていた。
「どういう事だ」
「あなた方も、知っておられるでしょう。『あらゆる人々に希望の光を』というメッセージを」
 冷泉は、両手を広げて微笑んでいる。
「過去の私は、私の力によって多くの人々に光を当てることが出来る。そう信じていました」
 少し間があった。聴衆に考える隙間を与えているのだろう。すると、隣で、あやめが少し険しい顔をし始める。
「しかし、実際はどうでしょうか。強者が弱者を虐げ、権力をほしいままにする。あなたも、少なからず経験してきたはずですよね。秋山さん」
「何を言っている?」
 秀次が問う。意図が分からない。自分を正当化したいのであろうか?それとも…。
「人間は弱い。全ての人が希望の光を享受するなど、到底かなわない」
 冷泉は、左手で銀のネックレスを触りながら、右手の『強運の賽』を離さない。
「しかし、神具に選ばれた我々ならば弱者を選別し、強者へと作り変えることができる」
 彼は、斜め上を見ながら言う。
「それこそが、強者たる我々の出来る唯一の手段。そうは思いませんか?」
 冷泉は、左手を広げ、秀次の方に差し出した。
 彼の言葉には、不思議な魔力が宿っている。常人が使えば、妄言にしか聞こえないだろう。しかし、彼の声、仕草、言葉の緩急、その全てが相手を魅了する。
(秀坊。あ奴の戯言に飲み込まれるな)
「さぁ、どうですか?秋山さんも、私たちと共に歩みませんか?」
 冷泉が、優しく微笑みかける。その表情は、冷たくも妖しく、脳に染み込むように張り付いてくる。
 秀次は、眉をひそめた。しかし、言い返す言葉が見つからない。すると、
「ふざけないで!」
 あやめが、声をあげた。
「弱者の選別?強者に作り変える?あなた、何?神様にでもなったつもり?」
 あやめの声には、冷静さと怒気が交じり合っていた。
「ええ。私は、神具に選べれし人間です。神に近いヒトとも言える」
 冷泉は、真顔でそう返す。
「いいえ、違います。あなたは、神具の魔力に負けた唯にヒト。いえ、私にはとっても弱いヒトに見えます」
 あやめの眼力が、冷泉の表情を歪めていく。
「希望の光は、他人から与えられるものじゃない。自分で、掴み取るもの」
 あやめは、息を吸った。
「あなたが一番、それを分かってるんじゃないの?昔、その銀のネックレスに込めた思いのように」
 あやめが、息を吐きながら冷泉を睨んだ。
 すると、冷泉の動きが止まった。そして、笑った。その声は、次第に大きくなっていく。しかし、その声はどこか乾いた響きがあった。
「何とか言ったらどうなの!」
 あやめの怒気と、冷泉の笑い声が空間を支配し、やがて静寂に包まれた。
「我々は、私は選択を間違わない。昔も今も、これから先も…」
 冷泉は、そう言いながら『強運の賽』を強く握った。その表情からは、強い思いが込められているように見えた。何より、彼の目の奥に消えていたはずの炎が灯り始めている。
「弱者を選別し…、利用価値のある人材へと作り変える。それこそが、私の使命であることに相違はない」
 冷泉は、『強運の賽』を転がした。すると、それは部屋の中央へと進んでいった。

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