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三秒もどせる手持ち時計(3章16話:幕引き)

16.幕引き

 『強運の賽』は、部屋の中央で止まった。中では、三つのサイコロが目を決めようとしている。やがて、サイコロの動きが鈍くなり、一つ二つと目が決まる。
「…凶、凶。凶が三つ。これは、一体…」
 冷泉の表情が、壊れていく。そして、冷泉の全身から力が抜けていき、両ひざが地面に付いた。秀次とあやめは、その様子を見守ることしかできなかった。
 目の前では、冷泉が必死に『強運の賽』へと手を伸ばしている。
「ミコト。ミコトはいるか?これは、一体。何だ?何が起こっている?」
 その声には、先ほどまでの空間を支配するかのような迫力は無く、唯々、困惑している弱々しいものであった。
 すると、『強運の賽』から光が放たれた。窓の外には、曇り空が見え、より光が強調されている。
「1561回。それが、貴様が『強運の賽』を使った回数だ」
 そう言った男は、絹のような白い羽織と黒の袴を着た人物であった。その表情は、凛々しく目の下まで伸びる一本の黒い前髪が印象的であった。
「ミコト、ミコト。何とかならないのか?」
 冷泉からは、先ほどまでの勢いはない。その表情は、少し前では想像も出来ない姿であった。
「二十六時間ほど。貴様の選択は、悪い方面へと導かれる。それだけだ」
 少し揺れているホログラムが、彼の冷徹な性格を強調しているように見えた。
「『隔絶の小箱』を使わせた所までは見事であったが、これまでのようだな」
 彼は、冷泉を一瞥し、何かをしようと手を動かし始めた。
(あ奴。秀坊よ、わらわも出るぞ!)
 すると、『逆巻き時計』から等身大のなぎさが、投影された。
「ミコトよ。久しいの」
 なぎさが、言う。
「なぎさ姉様こそ、久しぶりですね」
「相変わらず、丁寧なあいさつじゃのう」
 なぎさの表情は、険しい。目的の人物が目の前にいるのだから当然であろう。
 すると、黒い壁が解かれた。
 中から、少し傷のついた顔をした聡一郎と、無表情の黒川が現れた。そして、表情を露わにした黒川が、冷泉の元へと駆け寄っていく。
「冷泉様。これは、一体…何が」
 しかし、冷泉には黒川の声は届いていない。すると、『隔絶の小箱』から、なごみも現れた。
「姉さん。早く、再転送の陣を。何をしでかすか分からないよー」
 なごみが言う。奥を見ると、冷泉が生気を失い、黒川に抱えられている。冷泉は、出来るだけ何も考えないようにしているに違いない。しかし、二十六時間もそのようなことが続くはずがない。一刻も早く、『強運の賽』を破棄させなければ、どのような災いが降り注ぐかが見当もつかない。
「なぎさ。神具の破棄を――」
 秀次は、なぎさに言いながら、『強運の賽』を手に取ろうとした。
「それには、及びませんよ」
 すると、彼は右手を開いて、冷泉に向けた。
「貴様、待て」
 なぎさが、叫ぶ。しかし、その相手は意を介さない様子だ。
「解」
 彼が、そう言うと、冷泉の表情が一変した。何か付き物が落ちたのか、何かを失ったのかは分からない。
「わたしは、わたしは、ミコト?これは?」
 冷泉が、困惑している。
「安心しろ。貴様から『強運の賽』の使用権をはく奪しただけだ。後ほど、記憶も消してやろう」
「私は、『強運の賽』を失ったのか?であれば、これからどうすれば?なぁミコト、私は…」
 冷泉は、銀のペンダントと強く握りながら、肩で息をしている。
「五月蠅い。少し黙れ」
 そう言うと、彼は再び何かをしようとしている。
「よせ!」
 秀次が叫ぶ。
「削除」
 彼がそう言うと、冷泉は天井に目を向けた。その顔からは、完全に生気を失い。人形のように力なく、黒川にもたれ掛かった。
 この時、あやめが怪訝な表情を見せたが口を挟まない。同じく、聡一郎も状況を見届けようとしている。
 すると、彼は悪びれもせず、なぎさに問う。
「冷泉は、『強運の賽』に頼り過ぎた。脳への負担もさぞかし大きいのであろう。さて、貴様たちはどうする?再転送をするか?」
「そのつもりじゃ。その前に、ミコトよ。貴様の目的は、何じゃ?」
 なぎさは、彼に問う。
「目的。それは、母上の野望の遂行。それだけだ。他に何がある」
「本当にそれだけか?」
 なぎさが、さらに問う。
「それだけだ。しかし、私は負けた。さぁ再転送の陣を引くがよい」
「では、貴様の望みを叶えてやろう」
 なぎさは、そう言うと、手を伸ばしホログラムから光を放った。すると、『強運の賽』の下に複雑な絵柄をした陣を投影された。
「なんや。なんかあっけないなぁ」
 隣から、聡一郎の声が聞こえる。
「この状況では、案内人にできることはないからねぇー」
 なごみが、緩く答える。
「秀次君…」
 あやめを見ると、何か腑に落ちない表情をしている。しかし、彼女もそれを掴めないでいるのであろう。
 確かに、聡一郎の言う通り、あまりにも呆気ない。こうなる事も、想定内かのような幕引きであった。
 すると、なぎさが陣を描き終えたのか、彼女から出る光が消えた。
「さてと、再転送の陣を描き終えたぞ。何か、言っておくことはありませんか?ミコト兄さま」
 なぎさは、彼を見つめて言った。すると、彼は観念したのか、左手で顔を隠して笑い始めたのだった。

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