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三秒もどせる手持ち時計(2章11話:動機)

11.動機

 パーティールームには、人数分の椅子が一列に円弧状に並べられていた。また、高砂席の後ろには、大きなスクリーンが設置されている。柚葉の動画を流すのだろう。
 秀次たちが、部屋に入ると、既に北村涼と小豆沢祥子がいた。涼の表情は明るく、祥子の表情と対照的であった。
 すると、涼は秀次を席へと案内した。場所は、いわゆる観覧側の最前列だ。あくまでも、聴衆者として出席して欲しいのであろう。
「自分の功績にしたいのかしら」
 桜子が、小声で言う。
「まぁいいじゃないか。その方が」
 秀次がそう答えると、右端の席に座った。隣にはあやめが、その隣に桜子が座った。すると、参加者が続々と部屋に入ってくる。
 桜子の隣には、京子、蓮也が続き、柚葉、愛葉、凛、そして端に祥子が座った。そして、涼が高砂席の横にあるマイクスタンドを使って話始めた。
「夜分遅く申し訳ありません。只今、お集まりいただいたのは、他でもありません。『鶴と水面』を割った人物を特定するためです」
 すると、京子が言った。
「犯人は、愛葉心に決まってるじゃない。何をいまさら」
 京子の表情には、怒りと焦りが混在しているように見えた。
「お気持ちはわかります。しかし、まずは聞いてみてください」
 涼は、柔らかい口調で言う。プレゼン慣れしているのだろう。その堂々とした振舞には、迫力すら感じられる。
 すると、スクリーンに簡単な表が映し出された。見ると、縦には名前が、横には19時から21時までの時刻が三十分ごとに分けて書かれている。
「私…。八時半から鰭酒飲んで、囲まれてるじゃん」
 あやめが、恥ずかしそうに小声で言った。
「それだけ、印象に残っているということですわ」
 桜子のそれは、フォローになっているのか疑問に思った。
「この表は、先ほど伺いました情報を参考に『鶴と水面』が返却された19時から、離れで発見された21時までを三十分ごとに書いたものです」
 涼は、少し間を取った。参加者に表を把握させる狙いだろう。
「見ていただいた通り、数人は離れに行っていないとわかります」
 涼が、続ける。
「俺と京子、それから涼、桜子、秋山さん、真田さんということか?」
 蓮也が言う。
「おおよそ、そうですね。では、その他の人物を見てみましょう」
 涼の解説では、祥子には19時から20時まで、愛葉は19時以降、柚葉は20時以降、凛は19時半のお色直し時を除く20時半までの行動が不明だと語った。
「つまり、その中で倉庫の鍵を持っている人物。つまり、祥子様と凛、そして心の可能性があるということかしら?」
 京子が、誇らしげに言う。それを受けて、涼が京子を見る。
「しかし、もう一つ重要な証言がありました。京子さん。あなたは、お色直しを時短するために、当初来ておられた和服の下にそのドレスを着られていたと。そして、着替えからパーティールームに戻るまでに少しタイムラグがあったと」
 涼が、少し強い口調で言う。すると、京子は凛の方を向いた。彼女の表情は、怒りよりも驚きが勝っているように感じた。
「そうよ。お手洗いに行っていたのよ。それが何?」
 京子も、やや強めで言った。
「つまり、京子さんも完全なる白では、無いと言えます」
「何が言いたいの?」
 京子の表情は、やや困惑しているように見えた。すると、涼がリモコンを操作し始めた。例の動画を映すのだろう。
「この動画を見てください。これは、柚葉さんが本日行われていた花火大会を撮影したものです」
 その動画は、秀次が見た時と同じく、倍速で再生された。
(秀坊よ。貴様の説が正しかった場合、京子の動機はおおよそ予想できるが、他はどうなのじゃ?)
 なぎさが、質問する。
(わからない。俺が、この説にいまいち自信が持てないところなんだよ)
 秀次は、他に悟られぬように無表情で答える。すると、涼は愛葉が映った場面で一時停止した。
「ご覧ください。19時6分、愛葉様が離れに戻っていく様子が分かります」
 そして、動画は動き出した。次は、花火の場面で止めるのであろう。
(なぎさの印象はどうだ?)
 秀次が、再び会話を続ける。
(うむ。わらわも、小豆沢家の事は詳しくわからんが、今日見てきた印象を伝えると――)
 なぎさの印象では、京子は家元である蓮也の笠を着て、それを未来永劫に誇示したいとも考えていそうだと見えるという。
 もし、それに憤りを感じるとすれば、柚葉しかいないとも話す。それは、小豆沢家で最も発言力のある祥子、家元である蓮也、小豆沢家から一定の距離を取る桜子には、京子を陥れる程の憎悪は生まれないのではないかというのが、なぎさの意見だ。
(なるほどな。確かに、そうかもしれない。じゃあ、凛はどうだ?仕事上の恨みとかか?)
 秀次は、さらに質問する。
(うむ。余程、思い入れがある場合を除くと、それも考えにくいかもしれぬ。仮に、華道に思い入れがあるとすれど、場所を変えれば解決できる。貴様らの時代は、職を変える文化が根付いているのじゃろ?)
 確かにそうだ。こんな事をしなくても十分に解決できそうだ。
(だとするならば、小豆沢家にこだわる理由が必要じゃ。例えば、色恋沙汰など…)
(なるほどな。でも、凛は誰と…)
 秀次は、少し考えてみた。しかし、全く見当が付かない。人間関係の考察は、苦手なのだ。
(…そうじゃのう。単純な消去法で、愛葉心かのう。それなら、今回の動機にもつながるしのう)
 神奈川凛の恋人が愛葉心であれば、彼を陥れようとする京子の策を利用したとも考えられる。
 スクリーンの映像は、離れからは愛葉の作業風景が映し出せれ、花火が舞い始めた。
「…わたくしも、この心さんの姿を見ましたわ」
 祥子が呟いた。すると、動画から何人かの声が聞こえた。秀次たちが、柚葉の部屋に来たのだろう。
(ならば、北村涼はどうだ?元生徒の凛から相談されたとすれば、一応の理由にはなるが…)
(うむ。あ奴は曲者じゃ。表向きは、秀坊の言う理由で良いからのう。じゃが、わらわには、もっと俗な物。例えば、祥子殿や小豆沢家自体に恩を売るなどの浅い動機のような気がするのじゃ)
 なぎさの言う事も、推論に過ぎないが、的を射ている気がした。
(だったら、桜子さんに探りを入れてもらうか。どうやら、一枚岩では無さそうだし)
(それが、良いかもわからぬ)
 秀次は、桜子に妹や友人を責め立てる役を頼んだのを申し訳なく思っていた。しかし、意外と彼女が乗り気だったのを思い出して、チャットを送った。
 すると、動画は人影が見える場面へと進んだ。
「皆さん、この髪飾りに見覚えはありませんか?」
 涼は、動画を指さして問う。
「京子様…」
 凛が呟く。すると、京子の鋭い視線が凛を突き刺した。その表情は、驚きから怒りへと変化しているように感じた。
 その後も、動画は続いた。そこに映し出されていたのは、離れの愛葉心、舞い上がる花火、そして誰もいない庭であった。
 すると、桜子からチャットが返ってきた。その文面には、『わかりましたわ。可憐な桜子より』と書かれている。
「皆さんも、わかりましたよね。離れには、愛葉さんと京子さんしか行っていません」
 そして、涼は全員を見渡し、話し始めた。
「さらに、愛葉さんは七時六分に手ぶらで離れへ行き、その後はずっとアトリエで作業をしています」
 すると、涼は京子の方を向いた。
「京子さん。離れには、何しに行かれたんですか?」
 部屋は、重苦しい雰囲気に包まれた。京子は、左手を握ったり開いたりしながら、何かを思案している。
「そもそも、こんな映像では私かどうかはわからないじゃない!誰かが、この髪飾りを付けて行ったのかもしれないじゃない!」
 京子が声を荒げる。
「誰がそんなことをするのですか?」
 涼が問う。
「そっそれは…。他の誰かが…」
「京子さん。往生際が悪いですよ!」
 柚葉、京子の発言に被せて言う。
「動画のタイミングで、白い髪飾りを付けられるのは京子さんだけです。それは、京子さんが一番知っているんじゃないですか?」
 柚葉が、畳みかける。すると、桜子は手を上げた。
「少し…いいかしら」
 桜子は、そう言って立ち上がった。彼女からは、悲し気な雰囲気が感じられた。

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