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三秒もどせる手持ち時計(2章10話:疑惑の種)

10.疑惑の種

 秀次は二階へと上がり、桜子の部屋をノックした。すると、桜子の声で「どうぞ」と聞こえた。
 中に入ると、風呂にでも入ったのだろう、スッピンの二人が菓子を囲んでいる。あやめは、白いTシャツに青い短パン、桜子は全身ピンク色のジャージを着ていた。しかし、化粧を解いても大きく見た目が変わらないことに少し驚いた。
「秀次君。どうだった?」
 あやめが、聞いてくる。
「いや、まぁ…」
 秀次は、そう言って、『魔性の香水』を取り出した。
「とりあえず、神具を再交換しよう」
 秀次は、桜子に言った。そして、互いの印を合わせ、元に戻した。
「ふぅ。危なく性悪で陰気な瘴気にやられるところであったぞ」
 なぎさが、笑いながら言う。
「にしては、とても楽しそうでしたわよ」
 桜子が、そう返す。
「ツクヨは、すごいのう。長らく女狐の瘴気に触れて」
「ギリギリ正気を保っております。なぎさ姉様」
 ツクヨが、真顔で答える。
「ツクヨさんまで。皆さん、わたくしの扱いが雑ではありません」
 桜子が、不貞腐れた声で言う。
「因果応報!」
 あやめが、笑顔で言う。
「もう。あやめさんまで。…ところで、どうでしたか?何か、進展はありましたか?」
 桜子は、無理やり話題を変える。すると、ツクヨが愛葉心の無実が証明されたこと、そして京子に疑いが掛かり、北村涼がそれを糾弾しようとしている旨を話した。
「確かに、筋は通っているが、出来過ぎな気がせんでも無いのう」
「そうです。その点は、秀次さんも同じのようです」
 ツクヨが、なぎさにそう返す。
「秀次君は、どう思ってるの?」
 あやめが質問する。
「俺も、京子さんが『鶴と水面』を砕いたのだと思っているよ。でも、もしかすると、そう仕向けられていたのではないかと思ってる」
 秀次が、疑問に思うことは四つある。まず、柚葉の動画だ。あの動画は、花火大会よりも四十分早い18時50分から撮影されていた。これは、開始時刻を間違えたと言えばそうかもしれない。
 しかし、動画のアングルがやや低く、花火というよりは庭と離れの様子を映し出しているように思えた。さらには、パーティー参加者が離れに集まったところで、録画が終わっていた。
 これは、柚葉があの騒ぎの理由を知っていたからとは言えないか?あまり、気にならなかったと言えばそうかもしれないが…。
 二つ目は、動画内の「京子さん」という声だ。柚葉によれば、白い髪飾りでわかったという。しかし、京子はドレスと髪飾りは今日のために用意したと言っていた。
 つまり、柚葉はあの時点よりも前に、京子の衣装を知っていたことになる。しかし、京子が柚葉にそれを言うだろうか?二人は、あまり仲が良いようには見えなかったが…。
 三つ目は、北村涼のメモだ。これは、ツクヨも疑問を持っていたが、予め道筋を知っていなければ、そのようにスムーズにはいかないのではないだろうか。
 四つ目は、京子の行動だ。京子が、和服の下に黒いドレスを着て、着替えの時間を短縮したのは正しいだろう。
 しかし、その後に誰にも悟られずに二階まで行き、倉庫から『鶴と水面』を持って、離れに行く。そして、『鶴と水面』を破壊し、パーティールームに戻る。これを、十分ほどで行わなければならない。
 そんなことが、時間的に可能なのだろうか?さらには、誰かに見られるリスクが高すぎやしないか?
 ならば、凛が『鶴と水面』を倉庫に返さずに京子の部屋に置いていたとすればどうだろうか?十分にあり得るのではないか?
「と言ったところだ。ここからは、さらに想像の範囲を超えないが、もし柚葉さん・涼さん、そして凛さんが京子さんの行動をあらかじめ知っているとすれば、全ての疑問が解消される」
 秀次は、大きく息を吐いた。しかし、あくまで推論にすぎない。何も証拠がないのだ。おまけに、柚葉たちの動機も見当が付かない。
「ほう。確かに理にかなっておる。ツクヨは、どうじゃ?」
「異論は、ありません。素晴らしい考察です」
「でも、言い返されたら終わりだよねぇ。しかも、部外者の秀次君がどこまで突っ込んでいいものか…」
 あやめが、悩んだ顔をする。
「では、糾弾する際に、わたくしが質問をしましょうか?何なら、涼さんに『魔性の香水』を使って自白させるのもいいかもしれませんね」
 桜子が、言う。
「…じゃあ、桜子さん、それで頼む。でも、『魔性の香水』を使うのは、少し待ってほしい」
 秀次は、そう返す。
「何故じゃ?まだ、何かあるのか?」
 なぎさが、質問する。
「あぁ。何かがある気がするんだ」
「わかりましたわ。では、満足したら、わたくしにアイコンタクトでもしてください」
 秀次は、それに同意した。
「ところで、その謎解き会はいつやるの?明日の朝とか?」
 あやめが聞く。
「23時半です。早く言った方がいいのではとは、思っておりましたが…」
 ツクヨが答える。
「はっ?」
 あやめと桜子が、秀次を睨む。
「十一時半って、あと十分くらいしかないじゃん。ちょっと、秀次君、出ていって!」
 そう言うと、秀次はあやめに部屋を追い出された。全く理由がわからない。
(なぎさ。何で、二人は突然怒り出したんだ?)
 秀次は、なぎさに問いかける。
(はぁ。秀坊よ。先ほどの推論には感心したが、やはり情けないのう。“をなご”には、色々と準備があるのじゃ)
(そんなものなのか?)
 なぎさの大きなため息が聞こえてくる。しかし、秀次にはその意味も全く分からなかった。

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