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エッセイ等

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柔らかめの散文
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#短歌

森比左志さん歌集『月の谷』

森比左志さん歌集『月の谷』

2018年11月9日に、大好きな絵本『はらぺこあおむし』(エリック・カール作)の翻訳を手がけた児童文学者の森比左志さんが逝去されました。森さんは、わかやまけんいちさんらと「こぐまちゃんえほん」シリーズの集団制作もされています。

逝去を報じる新聞記事で、わたしは森さんが歌人としても活動されていたことを知りました。

短歌と児童文学の両方が好きなので、ぜひ森さんの短歌を読んで見たいと思ったのですが、

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源氏物語エッセイ「彼女たちの声」

源氏物語エッセイ「彼女たちの声」

「源氏見ざる歌詠みは遺恨の事なり」。

 六百番歌合の判詞として残る藤原俊成の言葉が、ずっと耳に痛かった。歌を詠み始めて約三十年間、源氏物語をきちんと読んだことがなかったからだ。(幾つかの漫画などで概要は知っていたが)。

 しかし来年2024年のNHK大河ドラマが紫式部の生涯を扱う「光る君へ」であることから、放送が始まる前に今年こそは源氏物語を通読しようと決意した。

 といっても原文では歯が立

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短歌+エッセイ「はたち・手袋」

短歌+エッセイ「はたち・手袋」

 私がはたちだったころ、今日1月15日が成人の日だった。写真の中で浅葱に紅型の振り袖を着た私は、立ち姿も笑顔もいかにもぎこちないけれど、やはり初々しいものだったなあ、とわれながらしみじみと眺めてしまう。
 そしてお正月といえば、何といってもかるた取り。小倉百人一首も好きだけれど、目下のマイブームはだんぜん「啄木かるた」。
 石川啄木の作品五十首を中原淳一が絵がるたにした「啄木かるた」は雑誌「少女の

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幻のマヨネーズ

幻のマヨネーズ

 2023年8月上旬、X(旧Twitter)上のキャンペーンに応募したときの文面です。8月31日(やさいの日)にちなんで、キューピーの公式アカウントがサラダにまつわるエピソードを募集したもので、A賞15名はエピソードをイラスト化され、複製原画がプレゼントされる、B賞100名にはキューピー商品とグッズの詰め合わせが当たるということでした。抽選だからエピソードの内容はあまり関係ないのかもしれませんが、

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短歌+エッセイ「栞」

短歌+エッセイ「栞」

 読んでいる途中の本がすぐにたまってしまう。そのそれぞれに、栞が挟まっている。読書の相棒たちだ。

 栞紐のあるタイプの本はそれを使う。本のしっぽのようでかわいい。ない場合も、文庫本などには付録でついてくることがある。ミニ知識が書いてあったりして面白い。

 自分でも購入するし、お土産やプレゼントとしていただくことも多い。行ったことのない土地の香りを感じながら本を読めるのがうれしい。

それぞれの

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エッセイ+短歌「夏休み」

エッセイ+短歌「夏休み」

 とくにクラブ活動をしていたわけではない小学校時代の私の夏休みといえば、ほぼ毎日(!)家の近くの屋外プールで遊び、図書館で涼みながら読みたい本を思いっきり読み、帰宅してはアイスクリームを食べて昼寝する……という天国のような生活でした。

 プールで「遊び」と書きましたが、「泳ぐ」というよりも一人で浮かんだり沈んだりしていることが多かったような気がします。それの何が楽しいのかといいますと、水の中で聴

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翼持つ椅子

翼持つ椅子

 我が家の片隅に、とても小さな古い木の椅子があります。「若竹幼稚園」という焼き印が押してあります。これは、祖母が近所の幼稚園の建て替えの際にもらい受けてきたものだといいます。引き取られてきたのが、50年近く前。幼稚園で使われていた期間がどれくらいかは分かりませんが、立派にアンティークの域に達しているように思われます。
 姉や私が幼かった頃は、座ったりテーブル代わりにしたり、ぬいぐるみや人形を座らせ

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詩歌の朗読、音読について覚え書き

詩歌の朗読、音読について覚え書き

 渡邉十絲子は『今を生きるための現代詩』(講談社現代新書)で、安東次男の「みぞれ」という詩について、

 と書いている。現代詩についてよく知らない私は、「現代詩=音読不可能。テキストで完結するもの」という印象をこの箇所から抱いた。
 いわゆる視覚詩に興味があったことも、そのイメージを助長した。
 単純な例として自作を挙げると、

 も三角形になっているから視覚詩の一種だろう。
(これは小野小町の百

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「ならぶんきれいで」方言短歌の魅力と限界

「ならぶんきれいで」方言短歌の魅力と限界

  2022年10月から放送中のNHK「連続テレビ小説『舞いあがれ!』(桑原亮子・作 江戸雪・短歌指導)」では、主人公、舞の幼なじみで後に夫となる貴司が歌人である。

 作中に出てくる貴司の短歌についての感想や鑑賞にはじまり、貴司が読んでいる歌集のタイトル(塚本邦雄『透明文法』や『寺山修司全歌集』など)の特定、さらには俵万智さんが登場人物に成り切って短歌を詠むなど、Twitter上の歌人たちも盛り

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物語の中を吹く風

物語の中を吹く風

   1934年に発表されたイギリスの児童文学「Mary Poppins」。私の手元にあるのは岩波少年文庫の特装版「風にのってきたメアリー・ポピンズ」(P・L・トラヴァース作、林容吉訳)です。子ども時代を過ごした小さな町から秋田市に移り住むことになったとき、通っていた教会の日曜学校の先生がお別れのプレゼントにくださったもので、表紙の裏には聖書の一節と〈神様が由美子さん御一家を平安におまもりくださる

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ふくらむ時間(2003年)

ふくらむ時間(2003年)

 十六歳の時に短歌を作り始めてから十年間、ずっと新仮名遣いを用いていた。昨年八月に出版した第一歌集『草の栞』は、だからすべて新仮名遣いによる歌集である。意識的に選んだわけではなく、当初それが自分にとって自然だったからだ。古典の時間に習う歴史的仮名遣いが、自分を表現するのに都合の良いものとは思えなかった。
 ところがここ数年、しだいに新仮名遣いでの作歌に違和感を覚えるようになってきた。一年ほど前から

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エッセイ+短歌「ひいな」

エッセイ+短歌「ひいな」

 ばらの模様が入ったセーターを着る。
 杏の香りの紅茶を飲む。
 窓を開けて、ひかりを浴びる。
 爪を磨いてさくら色に染める。

 立春を過ぎたといっても雪に埋もれた毎日なのだが、少しでも心に明かりを灯して春の準備をするために行う、小さな儀式を思いつくままにあげてみた。歌をうたうのもいい。掃除機をかけながらうたうのが好きだ。声がちょうど良く邪魔されて、上手に聞こえる(ような気がする)。

 部屋が

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キリマンジャロの霧

キリマンジャロの霧

 珈琲や人生の苦さも味わい深さもまだ知らなかった高校時代、世界は半ば本の中の言葉でできていて、抽象的なものだった。
 国語の授業中、便覧を盗み読みしては未知の言葉を自分の中に蓄え、そこから作品を紡いだ。たとえば。
 枕詞の一覧を見て「あしひきの」が山にかかると知るや、読んだばかりのヘミングウェイの小説に出てきた山の名にかけてみる。小説では雪だったが、キリマンジャロの「キリ」と韻を踏ませて霧にする。

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エッセイ+短歌「花の名は。」

エッセイ+短歌「花の名は。」

 それは二十代半ば、京都へひとりで旅行したときのこと。おのぼりさんのびんぼう旅行ですから行くところは修学旅行とさして変わりません。本当の高校の修学旅行のときコースに入っていなかった宇治に足を伸ばして平等院に感動し、宇治川に「これが宇治十帖の…」と感慨を深めたくらいのことです。それと祇園に吉井勇の歌碑を見に行きました。昼間の祇園で歌碑をさがす。なんと無粋な。あとは二条城に行ったり、清水寺で何組もの写

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