冨樫由美子

歌集『草の栞』(ながらみ書房、2002)、短歌とエッセイ『バライロノ日々』(新風舎、2…

冨樫由美子

歌集『草の栞』(ながらみ書房、2002)、短歌とエッセイ『バライロノ日々』(新風舎、2005)。「短歌人」同人。Twitterアカウント @yumicomachi

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「短歌人」2024年7月号掲載作品

ひかり やはらかに麺は縮れてスープ濃きカップヌードルたまには食べたし 時に高き壁にありしを母はいま庭に小さく草むしりをり ひかりさす窓辺に椅子を引き寄せてヘルマン・ヘッセのことばに触れる 鳥かごを逃げた小鳥はさがさずに空色に塗る胸のうちがは 採光のよき建物と思ひをり木のテーブルに絵本をひらき 帰宅する小学生の歌ふこゑ窓より入り来るは嬉し 本を読みながら眠りに落ちてゐて続きを夢の中に読みをり ※同人2欄、冨樫由美子

    • 横山未来子の歌集を読む~主に『とく来りませ』のテーマと文体について~

      歌集『とく来りませ』は2021年(令和3年)4月3日発行。砂子屋書房の「令和三十六歌仙」シリーズの一冊である。横山未来子(1972年~)の第六歌集にあたる。 横山の第一歌集『樹下のひとりの眠りのために』(1998年)、第二歌集『水をひらく手』(2003年)は相聞歌の多い歌集であった。 初期から完成された文語によってうたわれる「君」への思いが瑞々しい。 第三歌集『花の線画』(2007年)、第四歌集『金の雨』(2012年)では、あらわな相聞歌は影を潜め、動植物への細やかな観

      • 井戸を隠して

        中年のぼんやりとしたししむらがファッションビルの扉にうつる スタバなどなかりし頃のおもかげが少しは残る駅前をゆく ふるさとに住めばをりふし若き日の己の影に疎外されをり 振り返るときに明るしそれなりに悩みもあつた高校時代 女子高の文芸部にて知りあひて女性牧師となれる人あり 少女漫画の貸し借りしたる日はとほくいまとほき地に福音を説く ドーナツを食べて烏龍茶を飲んで何をあんなに話してゐたか 人口は三十万ほど地方都市の都市の部分がペンキ剥げかけ 母となることうたがはず

        • わたしの助けはどこから(桜桃忌に)

           太宰治が最後に書いた短編小説である「桜桃」を、2021年の桜桃忌、つまり6月19日に読み返しました。  桜桃忌、というのは太宰をしのぶ日です。1948年、玉川上水で遺体が見つかった日であり、1909年に彼が生を受けた日、誕生日でもあります。  この「桜桃」という小説は、「子供より親が大事、と思いたい。」という書き出しが有名で、久しぶりにインターネットの「青空文庫」で読もうとしたわたしも、その一文を最初に目にするだろうと思っていました。  ところがその一文より前に、こんな言

        「短歌人」2024年7月号掲載作品

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        • 短歌作品
          81本
        • 評論等
          16本
        • エッセイ等
          38本
        • 日記
          1本
        • 詩型融合作品
          5本
        • 小説
          5本

        記事

          「短歌人」2024年6月号掲載作品

          影 雨水きて庭に二月のひかりさし暫し忘れるこれの世のこと 中途退職教師のわれにもう来ない新学期とは四月のひかり 五月のひかり溜まれるメイル・ボックスに〈ヘアサロン虹〉移転の通知 街並は姿を変へる六月のひかりは耳のなかにもおよぶ 十月のひかりの道をたれもたれも今日がいちばん若き影曳く 十二月 影がひかりを駆逐して雪のひとひらづつがこゑあぐ ふりつもる雪の晴れ間の一月のひかりを踏んで郵便局へ ※同人2欄 冨樫由美子

          「短歌人」2024年6月号掲載作品

          寺山修司における【父の不在・母の呪縛】

          年譜的な事実をいえば、警察官であった父・八郎は昭和二十年、寺山修司が九歳のときに戦病死している。母・ハツは昭和五十八年に寺山修司が四十七歳で死去したときも存命であり、告別式の喪主であった。(しかし「わたしは知らないよ。修ちゃんは死んでなんかいないよ!」と言って、出席していないという)。中学生のときに大叔父に預けられて以降、母とは離れて暮らす期間が長かった。 昭和二十九年、「短歌研究」主催の第二回五十首応募作品でデビューしたときの連作「チエホフ祭」の中の一首。「チエホフ祭

          寺山修司における【父の不在・母の呪縛】

          「短歌人」2024年5月号掲載作品

          春の日 ミュシャの絵を見れば思ほゆ棺桶に寝てゐたといふサラ・ベルナール 絵の前にたたずむ人も絵になりて常設展のモネの「睡蓮」 歌ひながらショパンを弾けるピアニスト「猫のワルツ」を幸せさうに 制服のスカートすこし寒かりし春の日ジョルジュ・サンドを読みき 公園に夕暮れは来て遊具らはめいめいの影曳きて静まる 樹木へと歩みを進めゆくときの気後れに似たためらひひとつ 暮し分かちあはざる逢ひは美しき記憶となりて吾を苦しめる 同人2欄、冨樫由美子

          「短歌人」2024年5月号掲載作品

          森比左志さん歌集『月の谷』

          2018年11月9日に、大好きな絵本『はらぺこあおむし』(エリック・カール作)の翻訳を手がけた児童文学者の森比左志さんが逝去されました。森さんは、わかやまけんいちさんらと「こぐまちゃんえほん」シリーズの集団制作もされています。 逝去を報じる新聞記事で、わたしは森さんが歌人としても活動されていたことを知りました。 短歌と児童文学の両方が好きなので、ぜひ森さんの短歌を読んで見たいと思ったのですが、歌集はどれも絶版でした。 そんななか、メルカリで第五歌集『月の谷』(2008年

          森比左志さん歌集『月の谷』

          「短歌人」2024年4月号掲載作品

          08 「08珈琲」その店名の由来知らずまた「イチハチ」と言ひまちがへる 図書館の裏手の旧き建物の二階にありてしづかなる店 珈琲に詳しくあらずいつ来ても頼む「季節の珈琲」ひとつ 夕闇が窓に迫りてくるころをタルト・タタンにフォークを入れる ナナハチぢやあなくて一か八かでもなくてなくて08珈琲ここは 一人でも二人で来てもいい店だ図書館通り見下ろせる窓 すこしだけ秘密をわかちあひたくて小声になつてゐるわたしたち

          「短歌人」2024年4月号掲載作品

          「短歌人」2024年3月号掲載作品

          ポタ ぽつぽつと零す言の葉カフェラテのカップを覗き込むやうにして 空つぽになつて何かを待つてゐる誰かではなくあなたでもなく 冬の朝のひかりとともにかき混ぜるコーンクリームポタージュスープ ポタージュのポタの部分が旨いのだ木のスプーンがさう言つてゐる ぽたぽたと落とす涙はくやしさのなみだ ここから出られぬことを ここは何処ここは辺境おほごゑに泣いたところで届かぬほどの ひとまへで号泣をしたことがある若き日夭き死にかかはりて ※同人2欄 冨樫由美子

          「短歌人」2024年3月号掲載作品

          源氏物語エッセイ「彼女たちの声」

          「源氏見ざる歌詠みは遺恨の事なり」。  六百番歌合の判詞として残る藤原俊成の言葉が、ずっと耳に痛かった。歌を詠み始めて約三十年間、源氏物語をきちんと読んだことがなかったからだ。(幾つかの漫画などで概要は知っていたが)。  しかし来年2024年のNHK大河ドラマが紫式部の生涯を扱う「光る君へ」であることから、放送が始まる前に今年こそは源氏物語を通読しようと決意した。  といっても原文では歯が立たない。数ある現代語訳の中から私が選んだのは『源氏物語 A・ウェイリー版』(左右

          源氏物語エッセイ「彼女たちの声」

          「短歌人」2024年2月号掲載作品

          モモ 切り抜きはエンデの死去を告ぐる記事函入り本の『モモ』に挟まれ 一刷の発行年は一九七六年わが生まれ年 祖母逝きし雪深き冬くり返し読みたる『はてしない物語』 美しい二冊の本が書架にあることを支へに生き延びて来し 引越しや蔵書整理の幾たびを経て残りたるエンデの二冊 暗記するほど読みしゆゑもう読まずされど手放すこともできない モモは桃。桃は生命のシンボルと知らざるままに名づけしエンデ ※同人2欄、冨樫由美子

          「短歌人」2024年2月号掲載作品

          三十首連作「いつか明るい」

          たくさんの「いいね」がついた投稿にゆびさきあててわたしも媚びる さくらもちさくらもちつて買ひにゆく食べるためよりアップするため 白鳥が北へ帰つてゆくを撮るスマホかざして首をそらして ほんたうの気持ちはどこにあるだらう仰いだ空を雲が流れる 感情もきれいになるといいのにと手を洗ふたび思ふこのごろ 雪の下よりあらはれて春あさき散歩の道にあまたのマスク 桃始めて笑ふの候にかくてがみインクのにじみ知らんふりして この部屋で甘い紅茶を飲みながら知らない人と会議をします は

          三十首連作「いつか明るい」

          短歌+エッセイ「はたち・手袋」

           私がはたちだったころ、今日1月15日が成人の日だった。写真の中で浅葱に紅型の振り袖を着た私は、立ち姿も笑顔もいかにもぎこちないけれど、やはり初々しいものだったなあ、とわれながらしみじみと眺めてしまう。  そしてお正月といえば、何といってもかるた取り。小倉百人一首も好きだけれど、目下のマイブームはだんぜん「啄木かるた」。  石川啄木の作品五十首を中原淳一が絵がるたにした「啄木かるた」は雑誌「少女の友」が1939年新年号の付録としたもので、その人気は爆発的だったそうだ。私が持っ

          短歌+エッセイ「はたち・手袋」

          「短歌人」2024年1月号掲載作品

          ボンボン てのひらにのるボンボンの缶ひとつまこと小さきものは愛おし ボンボンをしづめし紅茶ほんのりと香りをたてて三時をまはる 懐かしい未来の匂ひ古びたる雑誌の隅の星占ひは ときとして記憶の底になるあれは祖父母の家のぼんぼん時計 北に居て北を恋ふこと ゆつくりと舌の上にてボンボン溶ける ハッカの香嗅ぎつつ憶ふ若き日の旅といふ旅、海といふ海 横浜と神戸の記憶が混ざるのは港の風と洋館のせゐ ※同人2欄 冨樫由美子

          「短歌人」2024年1月号掲載作品

          「短歌人」2023年12月号掲載作品

          うさぎ 秋の陽が差しこむ窓に近く読む絵本の中のうさぎの愁ひ ラズベリーいろのうさぎのぬひぐるみ抱きて眠る淋しきときは ミッフィーの表情のなき丸き目が哀しき日には哀しげに見ゆ 子ぐま座が月のうさぎと恋をする童話を書きし高校時代 陶器市に一目ぼれせしお茶碗のもやうは紺の波うさぎなり 色とりどりのうさぎの耳のやうだねと舞ひ散る木の葉見て言ひし人 南天の実と葉と雪の小さき塊きのふ雪うさぎのゐた場所に ※同人2:冨樫由美子

          「短歌人」2023年12月号掲載作品