井戸を隠して

中年のぼんやりとしたししむらがファッションビルの扉にうつる

スタバなどなかりし頃のおもかげが少しは残る駅前をゆく

ふるさとに住めばをりふし若き日の己の影に疎外されをり

振り返るときに明るしそれなりに悩みもあつた高校時代

女子高の文芸部にて知りあひて女性牧師となれる人あり

少女漫画の貸し借りしたる日はとほくいまとほき地に福音を説く

ドーナツを食べて烏龍茶を飲んで何をあんなに話してゐたか

人口は三十万ほど地方都市の都市の部分がペンキ剥げかけ

母となることうたがはずありしかなはたちを少し過ぐる頃まで

うたがはず生きたきものをローカルの天気予報にさへ裏切られ

暑いねとつぶやきみれば暑いねと返信くるるハワイのフォロワー

本名を互に告げぬ間柄さみしと思ふすずしと思ふ

サウダージもてあましつつ炎昼を歩む沙漠をさまよふやうに

この街はそれでもどこか美しい。井戸を隠してゐるのだらうか

いちにちにたつたいちどの日の入をたつたひとりで眺めてをりぬ

※2017年髙瀬賞応募作品