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“100日後になくなるコンブ”に巻かれて、小樽。

「お父さん預かります」

通りを歩いていて、一際目を引くのがこの看板だ。これに目を留めぬ者はいるのか。それほど目立っている。

「お父さん」という生き物。いざというときは頼りになるのかもしれぬが、すぐどこかに行ってしまう習性がある。家族で買い物をしていても気付いたらいない。そばにいたとしても「まだかぁ?」とその退屈を思いっきり露に。我が家だけかと思っていたが、そうでもないらしい。置いていくわけにはいかないが、そばに置いておきたくもないその「お父さん」という生き物をこの店が一手に引き受けてくれる。なんと痒い所に手が届くのか。

北海道は小樽。利尻昆布を販売する昆布専門店「利尻屋みのや」である。店の奥に休憩処があり、陽気なおばちゃんが昆布づくしでもてなしてくれる。

ここに入らば昆布を買いたまえ。買わぬのなら一歩たりとも出しはしない。そんな恐ろしい駆け引きや圧力はもちろん一切ない。ただただおいしい昆布を出してくれる。それが恐ろしい。せっかくだから、と気付いたらあれもこれも買ってしまう。それが恐ろしい。

浮遊する「お父さん」を預かられたら試合終了である。その糸口を掴まれたら最後、するすると一家丸ごと店に引き込む華麗なる手口により、気付いたときには大量の昆布が手に。簡単レシピまで手渡され、これならズボラでも美の昆布ライフが続けられそう! とあっさり昆布に巻かれてしまうのだ。

産地でもない街で昆布を両手いっぱいに抱えて歩く。そんな自分の姿を今朝降り立った小樽駅で誰が想像できただろう。ふらふらしていると、どこからともなく聞こえてくるオルゴールの音色。ようやく昆布の呪縛から解き放たれる。

雪降る夜の運河をしんみりと。そんな切ない雰囲気が印象的な街、小樽のオルゴールと聞いて浮かぶはガラス製の天使だろうか。曲は「星に願いを」だろうか。しかし、実際は寿司ネタが乗ったオルゴールからの「スシ食いねェ!」だったりする。案外ユーモアのある街だと思う。

誘われるままに寿司屋を目指せば有名店はズラリ行列、「スシ食”え”ねぇ!」。運河を眺めて順番を待っていると嗚呼、海の薫りがする。

小樽の人たちはみな、やっぱりなんだか陽気だ。

素敵な音楽で海へ送り出してくれる楽隊のみなさん。

船に向かって声をかけてくれる地元の子供たち。

言葉を交わさずとも心を通わせられる。

私の旅では廻る名所を決めておかない。そんな“行き当たりばっ旅”では、その土地に息づく人々が印象に残りやすい。散歩するようにして歩き、街を知る。偶然のようにして出会った、ガイドブックには載っていない“何でもないもの”こそ求めてきたものだ。

船に揺られ。

ハンモックに揺られ。

気付けばあたりは真っ暗になっていた。

今日一日、どこに行ったっけな。よく思い出せない。そんなところに心地よさがある“行き当たりばっ旅”であるから、昆布専門店での時間などはとてつもなく色濃いものとなる。それがまたよし。

ちなみに、アラフォー独身に刺さるはこのフレーズ。

楊貴妃さんは昆布なんか食べんでも見初められるでしょうに、と思いながらも「ならいっちょ私も!」と昆布を手に取らせてしまう名コピー。これはもう、裏で某大手広告代理店D通が転がしているに違いない。ズバリ、”100日後になくなる昆布”だ。

昆布はおいしく、100日より前になくなった(ごちそうさまでした!)。楊貴妃さんのような効果を得て、「お父さん預けます」日は訪れるのだろうか……!(乞うご期待!)


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