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日々のこと

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午後の幽霊

午後の幽霊

 隣のベンチに幽霊が座っていました。

 幽霊だと言ったのは気配が何もなかったからです。雨に濡れたベンチの上はたくさんのダマになったケヤキの花殻が茶色く滲んで斑点のようになっていました。それを払う音もしませんでした。イヤホンもしていなかったし、目の前を流れる滝の音しかしないこの空間で気づかなかったのは不思議でした。

 幽霊は10分そこらで立ち上がって去っていきました。どんな人なのか確かめたかった

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小雨の夜のアクアパッツァ

小雨の夜のアクアパッツァ

 この間熱を出してしまってからというもの、咳が止まらなくなってしまいました。ごほごほ。

 小雨降る夜の道を歩いています。コンビニへ行くだけだからとサンダルをつっかけて外へ出ました。素足に当たる細やかな雨は少し冷たいです。

 家に帰って来た妻は具合が悪そうでした。どうやら風邪をうつしてしまったようで、若干の熱と頭痛があるようです。明日仕事を休んでもいいように、風邪でも食べやすいものを買いに行くこ

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微熱にただよう

微熱にただよう

昨夜37.4℃の熱が出ました。
会社に連絡して明日の朝もう一度連絡しますと言いました。今朝目が覚めても熱は下がりませんでしたが身体は辛くなかったので、会社に出勤する旨を伝えました。

辛くなかったと言っても本調子ではありません。
熱がある時特有のあのふわふわした感じが全身を包んでいて、朝8時から20℃越えの陽気も相まって、いつもの通勤路がなんだか違う道に見えます。

"記録色"と"記憶色"という言

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5月の肉まん

5月の肉まん

どこか遠くの方で鐘の音が響いています。
荘厳で勇ましくて、安っぽい。
私はこの音が嫌いです。
彼方に手を伸ばすとその指先が鐘に触れ、音は止まります。

布団がやけに気持ちいいです。
つい最近は朝には蹴飛ばしてしまっていたその布団の中で、だいじに毛布の端を掴んでいます。
ふたたび鐘の音が鳴ります。
なんとか目をこじ開けるとそのアラームを止め、のそのそ布団から這い出ます。

5月2日。朝5:30。東京

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春の夜の

春の夜の

雨が上がったことと、夜になっても上着がいらないことがとても嬉しくて飛び出した22時。

せっかくだからカメラを引っ掴んで散歩に出たもののバッテリーはもうほとんどありません。残量を気にしながら一枚一枚撮るのは、なんだかフィルムカメラを使っているみたい。

夜風が涼しいです。お気に入りのHARVESTYのサーカスパンツはよく風を通すから、歩みは軽やか、まるで春の風に肩を並べているようです。

スカート

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マリオンの帆船

マリオンの帆船

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小さな小さなアリたちが
ただひたすらに土を運んでいます。
なぜそうしているのか
彼らには理解できません。
ですが、ずっとそうして来たのです。

……。

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めぶきの台所

めぶきの台所

冷蔵庫の中のバジルが咲いていました。
白くて小さな花。

咲いていたというよりはまだ蕾でしょうか。
とにかく、スーパーで買った時はグリーン一色だったように思います。

バジルの緑はビリジアンというかんじ。
子供の絵の具セットに「緑」がなくて「ビリジアン」が入っているのは、それが混ぜて作れない色だからだそう。

バジルはすぐシワシワになってしまうから、この間の反省を生かしてキッチンペーパーに包んでか

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透明なベール

透明なベール

パシャン、と音がしました。

下を向いて波打ち際でゆらゆらしている木の葉や枝、ペットボトルなんかを見て歩いていました。

音のした方へ頭を上げると、また、パシャン、と音がして、跳ねた小さな小魚のお腹が夕日を反射してキラッと光ります。

首からぶら下げたカメラを海の方に向けて、じっとファインダーを覗き込んで待ちます。

遠くの方で騒ぐ子供の声や首都高を走る大型トラックのガタガタという音がしますが、私

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ひとり

ひとり

遠くへ行く夢を見ました。

中学校からの友達と連れ立って人のいない夜の駅に降り立ちます。あたり一面を月明かりがこうこうと照らしていて、そこは見渡す限りの草原でした。駅からは丘の上までうねうねと白砂が敷き詰められた道が伸びていて、友達の背を追いかけながら私はそこを登って行きます。

ちょっと意地悪がしたくなって、わざと道を外れて青々としげる草を掻き分けて進みます。先回りしてびっくりさせてやろうと思っ

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即死コンボ

即死コンボ

今日は遅番だったから午前9時前の少し人も増えた公園で朝ごはんを食べました。

いつもは日陰になっているベンチにも少し日が差してあたたかさを感じます。

風は強いです。
吹くたびに四方の木々が荒波のようにゴオォーっとうねって花殻が降って来ます。

また強い風が吹きました。
昨日スーパーで買っておいた惣菜パンを庇うように体を丸めます。

……ぽとん。
おや、頭の上に何か降って来たようです。

ふるふる

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マリネ

マリネ

ヒラリヒラリと。
散ってしまった桜を惜しみつつ歩く午後の公園で、桜の葉の緑もずいぶんきれいだなぁと思います。

桜の白、ピンクに目を奪われているうちにどうやら緑がスクスクと芽吹いていたようです。

いつもの公園のいつものベンチで見上げるいつもの空もいつの間にか狭くなって小さな葉がサワサワと揺れています。

長い長い緑道を歩きます。
差し込む木漏れ日が切り取る大気の中に細かな雪のようなものがキラキラ

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あこがれのたべもの

あこがれのたべもの

土がたべたい。
ええ、そうです。

草や木や花が育つ、私たちがいつも踏んづけている、あの土です。

それはずいぶんと前になるのですが、川上未映子さんの『すべて真夜中の恋人たち』という小説を読みました。

内容はもちろん素敵なのですが、私にとって出会いの多い小説でした。

一つはショパン。作品番号57番『子守唄』。
元々は『変奏曲』と付けられていたように、左手が変ニ長調のⅠ→Ⅴから成る音形をひたすら

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夢のあと

夢のあと

ピピピピ。
しつこく鳴るアラームを何度かスヌーズしてようやく布団から出る気になります。時刻は9:30。アラームは5:00。早起きして桜を見に行こうと言っていたのにこの体たらくです。

締め切られたカーテンの隙間から細くなった日が差し込んで部屋の隅に積まれた本の山を照らしています。

歯を磨いて何か作ろうと流しに立つと、シンクの上にいくつもの紅色の軌跡。

昨日の夜桜を観に行った帰りにお土産に買った

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雨の道

雨の道

 いつも雨が降っている道がある。正確には私が通る時はいつも、だ。帰りには止んでいることもあるけれど、行きは必ず、雨。

 前に勤めていた会社は、家から自転車で30分くらいの距離にあった。そこそこ遠い距離なのだけれど、会社の立地が悪く、電車15分に加えて駅から20分ほど歩かなければならなかったから、毎日自転車で通っていた。 

 会社は東京の臨海部にある。まず家を出て多摩川沿いの堤防を海に向かって自

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