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5月の肉まん

どこか遠くの方で鐘の音が響いています。
荘厳で勇ましくて、安っぽい。
私はこの音が嫌いです。
彼方に手を伸ばすとその指先が鐘に触れ、音は止まります。

布団がやけに気持ちいいです。
つい最近は朝には蹴飛ばしてしまっていたその布団の中で、だいじに毛布の端を掴んでいます。
ふたたび鐘の音が鳴ります。
なんとか目をこじ開けるとそのアラームを止め、のそのそ布団から這い出ます。

5月2日。朝5:30。東京は曇り、12℃。
ドアを開けると首元を撫でる風は冷たく湿っていて、いつ以来でしょうか、マフラーが恋しくなります。

雨は止んでいますが天気予報アプリではパラパラ降っていることになっていて、そこかしこに水溜りが出来ています。
水溜りが映す彩度の低い曇天の街と空から、忘れていた冬の空気が漂って来るようです。

駅に着いて自動販売機にすがります。"あたたか〜い"を探しますが、全てのボタンに点るのは青い涼しげなランプです。寒くて早足で駅まで来てしまいました。あと10分も電車は来ません。

はぁ、と小さくため息をついて全身を硬くします。
息を大きく吸い込むと鼻の奥がツンとしました。


会社の最寄駅についてコンビニへ寄ります。肉まんとホットコーヒー。この組み合わせは何ヶ月ぶりでしょうか。

いつもの公園のベンチはもちろん濡れていて、ただ景色を観ながら歩きます。雨に濡れた緑は青々と美しく、今が5月であることを思い出させてくれます。


ふと、甘い匂いがしました。澄んだ甘い匂い。ジャスミンの色気のある甘さや沈丁花の上品な甘さとは違う、氷砂糖のような混じり気のない無垢な甘い香り。なんとなく白い花だと思いました。

その白い花を探してあたりを見回してみますが、雨に濡れた葉の緑がテラテラと光るだけ。遠くの方にツツジの花が見えますが、ツツジが香るイメージはありません。結局なんの花の匂いなのかわかりませんでした。

会社の門をくぐった先で、すっかり衣替えして縮んでしまったスズメがぴょんぴょんと跳ねています。

カードキーをピッとかざします。
ガチャっと開いたドアを半分ほど開けて、ちょっとだけ振り返ります。

おーい、風邪ひくなよー。

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