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2022年上半期の本ベスト約10冊

 今年の上半期は、色々本を読みました(上の画像はその一部です)。せっかくなので、2022年6月までに読んだ今年刊行の本(とそれに関連して読んだ本)の中から、特に好きなものを選んでみました。
 ※全て敬称略、出版社名後の年号は刊行年、概要は出版社ホームページから引用(略有り)しています。

 

NSA

アンドレアス・エシュバッハ 著/赤坂桃子 訳(ハヤカワ文庫SF/2022)

 今年最初に読んだ歴史改変SFが、2022年ベストというくらい刺さりました。普段あまり読まない第二次世界大戦時期のお話なので、様子見で上巻だけ……と思って買って、速攻で読み終えて大急ぎで下巻を買いました。

【概要】
 第二次大戦中のドイツで携帯電話とインターネットが発展し、高度な監視システムが構築されたら? 20世紀初頭にほぼ現代同様のコンピュータが開発されたこの改変歴史世界のドイツで、国家保安局NSAはすべてのデータを監視し、保存していた。この日は視察に訪れた親衛隊の高官のため、アナリストのレトケとプログラム作成係のヘレーネはNSAの有用性を示すデモを行うのだが――

出版社公式サイトより

・ディストピアに似た過去の改変

 作中の第二次世界大戦のドイツは、現在とほぼ変わらない通信環境を保持し、あらゆる人の動き・情報を管理しています。実にゾッとする、「何て悪趣味な!」と思う最高の舞台設定です。
 特にうわぁ……となったのは、プログラム作成が“女の仕事”とされていること。プログラムを編み物のようになぞらえ、教本は可愛らしい装飾が施されたまさに女性向け。男性がそれに興味を持つだけで白い目で見られる……。そんな世界観なのがおぞましく、リアルで、物語を進める上でとても重要になってきます。

・闇と光の“欲望の傀儡”

 本作には、レトケ(男性)とヘレーネ(女性)という2人の主人公が居ます。この2人の人生が次第に交差し、それぞれが“己の欲望”のためにある行動に出る……。第二次大戦中のドイツという極度の緊張感が漂う世界で、こんなことよく出来るなと思う訳ですが、2人は危ない橋を渡るのです。しかも優秀だから成果が出る。
 レトケは高飛車で冷酷で自己中心的だが実は劣等感の塊。ヘレーネは大人しく地味で控えめだけど情熱的。こんな正反対な2人ですが、目指す“欲望”は手繰り寄せればよく似た形をしており、それと同時にまったくもって真逆という絶妙さ!
 そのヒューマンドラマにヒヤヒヤしつつ、レトケに軽蔑のまなざしを向け、ヘレーネにのことは応援したくなる……。(レトケは私の中で、“2022年小説の登場人物としては魅力的だけど決して近寄りたくない賞”を受賞したことでお馴染みです)
 いずれにせよ、二人は欲望に振り回され、戦争という場で踊らされた傀儡。闇であるレトケと光であるヘレーネ。そんな簡単に分類出来る人生・時代ではありませんが、その対比がなんとも物悲しくもドラマチックです。

※2022年のベストに入れました。


感染症としての文学と哲学

福嶋亮大著(光文社新書/2022)

 新型コロナウイルスの流行に伴い、あらゆる感染症についての本が出版されました。しかしこの本のように、“文学と哲学”という要素を“感染症”の切り口から語る視点は珍しいのでは?

【概要】
 余分な装飾を排したカミュの記述は、日付をもたないパンデミックの特性を実によく捉えています。パンデミックはほとんど前例のないほど急激なスピードで社会を変化させる一方、その終わりの予測不可能ゆえに、時間を膠着させるものです。疫病の恐怖は、あれよあれよという間に加速していく時間だけではなく、いつ終わるともしれない単調で平凡でけだるい時間をも作り出します。パンデミックの占領下では、時間はあまりに早く過ぎ去り、かつあまりに遅く進むのです。
(「序章 パンデミックには日付がない」より)

出版社公式サイトより

・パンデミックを経験したからこそ染みる

 自分の“パンデミック渦中に居る状況”や“日常で意識する健康/病気の感覚”、そして“断片的な知識”が、この本を通して繋がっていきます。特に印象深かったのは、「アテナイの疫病の記録」や「信用の崩壊、社会の自滅」、「小説は薬か? 毒か?」の内容。
 “感染症は物語の中で印象付けられ広まる”という話題で、直前に読んだ『NSA』を思い出しました。『NSA』のレトケとヘレーネは、データとデータを紐づけ仮説/結論を導き出す仕事に携わっている人たち。彼らの姿と『感染症としての文学と哲学』を照らし合わせると、巷にあふれる“物語”は、自分自身の頭で考えたことじゃないんだよなと、しみじみ。
 誰かが何かの情報を繋ぎ合わせて物語を作り、それが時代になって行く。それを自覚しておくだけでも、だいぶ違うように思います。


老いの身じたく

幸田文著/青木奈緒編(平凡社、2022年)

 こんな老い方があるのかと、清々しい気持ちになれるシニア本。

【概要】
厳しくもあたたかな幸田文の視線は、自身の、そして他人への老いにも向けられていた。いかに芯の通った老いかたをするか。人生の達人・文先生の生きかたから学ぶアンソロジー。

出版社公式サイトより

・清々しく晴れやか、等身大なのにかっこいい

 私の感想文はこちらにて。


「その他の外国文学」の翻訳者

白水社編集部 (2022)

 あまりにも面白くて、ぐいぐい読み進めてしまったので、危ない、読み終わっちゃうぞと、何度も本から顔を上げながら読みました。
 そしてさらに、自分はこの本をきっかけに読んでみたい本が増えて、ガンガン読みました。Twitterで感想を呟いたら、本作に登場する翻訳者さんご本人からお声かけ頂いたこともいい思い出。

【概要】
 翻訳大国日本。多くの外国文学が翻訳され、読まれている。その中には日本では学習者が少なく、「その他」とくくられる言語によるものも含まれる。
 では、「その他」を生み出しているのはどのような翻訳者たちなのか?
 日本では馴染みの薄い言語による文学を、熱意をもって紹介してきた九人の翻訳者が、その言語との出会いや学習方法、翻訳の工夫、そして文学観を語るインタビュー集。

出版社公式サイトより

・言葉と物語に魅了された翻訳者たちの情熱

 言葉と人、歴史、土地、文化……様々な要素が混ざり合いながら、情熱を伴って翻訳を目指す翻訳者の姿に心が躍ります。私は語学に明るくない一方、色んな国の音楽を聞くので、言葉を音として捉えることがとても多いです。それと同じようなことをお話されている方が居て、意味が解っても音に聞こえるんだなあ……なんて思いました。
 自分はこの本を読むまで、“翻訳する本を翻訳者が出版社にプレゼンする”という工程があるのを知らなかったので(出版社が翻訳する本を選んで翻訳者をアサインするんだと思ってた)、お仕事ドキュメンタリーとしてもかなり興味深かったです。
※2022年のベストに入れました。


・本作をきっかけに読んだ本がどれも面白かった

 自分はポルトガルを旅したことがあったので、ポルトガル/アンゴラ文学に興味が湧いてその辺りを読みました。

「白の闇」
ジョゼ・サラマーゴ 著/雨沢泰 訳(河出文庫/2020)

【概要】
突然の失明が巻き起こす未曾有の事態。「ミルク色の海」が感染し、善意と悪意の狭間で人間の価値が試される。ノーベル賞作家が「真に恐ろしい暴力的な状況」に挑み、世界を震撼させた傑作。

出版社公式サイトより

 コロナ禍の経験を踏まえて読むと、作中の患者の扱いや隔離先での様子だとかが、妙な現実味を帯びていて苦しくなります。コロナ以前に読んでいたら、他人事のように思ったんだろうけれど……。
 そういう背景もあって、“謎の感染症の流行”や“真に恐ろしい暴力的な状況”がルポルタージュを読んでいる気分。「」もなければ人名も出て来ないのに、誰の台詞かわかるのはさすがの筆力です。
 映画化もされているようですが、本作は映像より小説の方が向いている作品な気がします。

「忘却についての一般論」
ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ著/木下眞穂 訳(白水社/2020)

【概要】
 長年にわたりポルトガルの支配下にあったアンゴラでは解放闘争が激化し、1975年ついに独立を宣言。恐慌をきたし、外部からの襲撃を恐れたルドは、マンション内の部屋の入口をセメントで固め、犬とともに自給自足の生活が始まる。

出版社公式サイトより

 最高。“自宅の入り口をコンクリートで固めて暮らした女性の話”とだけ把握してたので、密室劇かと思ってたら違った!
 質感は違うけど、構成的にはガイ・リッチーの映画を数本まとめて見たような気分。自分は、時間軸や場所を行き来して段々全体像がわかる展開が大好きなので最高でした。

「星の時」
クラリッセ・リスペクトル 著/福嶋伸洋 訳(河出書房新社/2021)

【概要】
荒野からやってきた北東部の女・マカベーアの人生を語る、作家のロドリーゴ・S・M。リオのスラム街でタイピストとして暮らし、映画スターに憧れ、コカコーラとホットドッグが好きで、「不幸であることを知らない」ひとりの女の物語は、栄光の瞬間へと導かれてゆく――。

出版社公式サイトより

 「揚げた天使の羽を嚙み砕く」や「二人はすでに目と目でキスをしていた」のような、全体的に美しい詩の様な、うっとりする表現が多くとても素敵。語り手の自分語りが長くて、いつ始まるんだろう……と思っているといつの間にか始まっていて、目が離せませんでした。

「ガルヴェイアスの犬」
ジョゼ・ルイス・ペイショット 著/木下眞穂 訳(新潮クレスト・ブックス/2018)

【概要】
 ある日、ポルトガルの小さな村に、巨大な物体が落ちてきた。異様な匂いを放つその物体のことを、人々はやがて忘れてしまったが、犬たちだけは覚えていた――。村人たちの無数の物語が織り成す、にぎやかで風変わりな黙示録。

出版社公式サイトより

 隕石が落ちて来た村に暮らす人たちが、直接的・間接的にその影響を受けながらガルヴェイアスで生きる姿が、本当に「私、この村の人だったのかもしれん」と思うくらい細かくリアルに描写されています。細やかで豊かな情景描写、硫黄の香りが鼻にしみる……。
 冒頭の場面で出て来た人たちの状況や関係が、次第に詳らかになる物語の構成大好きですね。


とむらい家族旅行

サマンサ・ダウニング 著/唐木田みゆき 訳(ハヤカワ・ミステリ文庫/2022)

 好きか嫌いかと言われると好きじゃないけど、面白いか面白くないかと言われれば最高に面白い。そんなズタボロな気持ちで読んだ一冊。

【概要】
 ずっと疎遠でいた兄妹は、亡くなった祖父の莫大な遺産を受け取るため遺言にしたがっていっしょに旅に出ることになる。20年前に祖父が彼らを連れていったアメリカ横断ドライブ旅行を、祖父の遺灰を車に乗せて完全再現するのだ。彼らの過去の旅は、奇妙で危険な秘密を孕んだものだった。そして現在の旅も、はじまりから狭い車内には不穏な空気が……。

出版社公式サイトより

・最後まで油断ならない、感情ズタボロ家族旅行

 私の感想文はこちらにて。


マイ・ポリスマン

ベサン・ロバーツ 著/守口弥生 訳(二見書房/2022) 

 ハリー・スタイルズ主演映画化という話題を知った時は、タイトル的にミステリーかと思いましたがこれは完全なる恋愛もの。しかし冒頭の場面はまるでミステリーな導入で、気になって買ってしまいました。
 表紙のイラストも素敵だし、これから話題になるだろうし、ちょっと読んでみようかしら……。そんなキャピついた気持ちで読み始めたのが申し訳なくなるほどに、切なく胸が苦しくなる作品。

【概要】
 中学生だった頃、広い肩幅と逞しい前腕、青く澄んだ瞳を持つ15歳のトムと出会い、忘れられなくなったマリオン。数年後、警察官となり大人の男性へと成長したトムと再会し、真っ逆さまに恋に落ちていく。トムの親しい友人パトリックにも紹介され、3人で楽しく過ごす日々のなかで情熱的にプロポーズもされて幸せの絶頂を感じるが、トムの思いがけない秘密を知ることになり......道ならぬ恋を貫くトムとパトリックと、トムを愛するマリオンの運命を描く美しくて哀しいラブストーリー!

出版社公式サイトより

・どれだけ青春が輝いていても漂う“不穏”と、読了後に見る表紙の味わい

 私の感想文はこちらにて。

※2022年のベストに入れました。

 2022年上半期、いい本との出合いがたくさんで本当に嬉しかったです。下半期にも、きっと面白い出合いでいっぱいなのでしょう。楽しみですね。
 この記事で気になる本があれば、ぜひお読みになってみて下さい。あなたにもグッと来る本があればいいなと思います。


※追記
note公式記事にて、本エッセイをご紹介頂きました。ありがとうございます。

また、以下公式マガジンに追加頂いています。ありがとうございます。



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© 2022 Aki Yamukai

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