マガジンのカバー画像

ひつじにからまって

152
ひつじにからまっているものがたりたち
運営しているクリエイター

2021年11月の記事一覧

干し柿

干し柿

渋くてかたい柿が好きじゃなかった。栄養があるからって食べさせられてはいたけれど、あんまり食べると怒られた。

吊るして萎びた姿は食欲をそそるようなものではなく、なんだか小人が吊るされているように見える。狩りの成果を誇るようなその様子が少し怖くて、今思えばすっかりわたしは毒されていたのだと思う。

すすめられてもかじりたくなかった。結局大人になるまでかじることはなかったのだけど。でも、大人になったか

もっとみる
ツートントン

ツートントン

ツーツー トン ツーツー
ツーツーツー トン ツー
ツー トン ツー
ツー トン トン トン
ツーツーツー

ふと、耳に音が入ってきたような気がする。それがどんな音か気にしてはみるけど、どうにもぼくにはわからない。伝えようとしてきているのか、何度も繰り返されている。

「頭がおかしくなりそうだ。やめてほしい」

こちらの声が届いたのか、遅れて音がなくなった。ただ、耳にこびりついたこの音を誰かに伝え

もっとみる
ヨレた襟元

ヨレた襟元

紙切れに夢を描くことは簡単だけど、布切れに夢は描けなかった。時間が経てばよれて、絵を描こうものなら大抵が汚れのようになる。それだというのに、醤油やら葡萄やら油やらが跳ねたときには、もうかつてのように愛せない。

だからといって、スーツで服を買いに行きたかないんだな、ぼくは。仕事ばっかりで生きてきたツケになるんだけど、外に出かける服すらなくなった。
せめて、通販の仕方くらい教わればよかったな。なあ、

もっとみる
まわるそら

まわるそら

捲れ上がったカーテンの裏側には、夜が張り付いていた。風に煽られて入り込む夜明けの空気は、ぬるい部屋を冷ました。

開け放したままの窓からは目を覚ましたばかりの鳥たちの声が入り込み、音すら寝入ったような中でやかましく響いていた。

黒から青に、水色へ向けて色を変えていく。目が開かれるのは足並みが揃えられはしないが、またやかましい日を迎えようと空は回り続けていた。

互いの顔

互いの顔

草原をおっかなびっくり歩き回ると、男は立ちどまった。サラサラと流れる背の高い草を掻き分けるのは何者かと目を凝らす。

足音は慎重にかき消され、男に目掛けて進んでくる。男は相手を待っている。その顔が現れるときを待っている。

気配で互いの存在を理解し、どうにかお互いの位置にあることを知らせあった。未だ互いに顔を見せ合ったことのない関係をいつまで続けられるのだろうかと思うも、これが丁度いいのかもしれな

もっとみる
虚しい朝に

虚しい朝に

虚しさを心に抱いて、朝方の光が目にしみた。疲れの取れた心地はせず、また繰り返した今日という過去と未来とに思いを馳せると悲しくなった。

「はい」

口癖になってしまったのだけど、おはようとも言う相手がいないせいか、ぼくはそんなことを寝起きに口走る。
返事に耳を傾けてみたけれど、声は聞こえてこなかった。

よじれた優しさ

よじれた優しさ

水に少しずつ分解されていく。その様子は恋人たちが繋いだ手を離す際よりもまどろっこしく、勿体ぶったようだった。ほんの微かな切れ端同士が辛うじてつながりを保ち、揺れる水面に弄ばれている。

「ああなったなら、もう祈ることしかできないさ。おれはそんなのごめんだけどさ」

また格好つけて人生論を語った。彼は毎度のことながら、そうやって実行もしたことがない覚悟をわたしに披露する。
好きでも同情からでもないん

もっとみる
明滅する銀杏の木

明滅する銀杏の木

テールランプに照らされた銀杏は赤緑と一定の調子で色を変える。そこに整然とした意味はないものの、見出すことは簡単だった。

「明日のコーラは炭酸が抜けているって」

彼女はすぐさま意味を見つける。まるで天気予報を見たかのようなその言草に、僕は少し恋をしそうになった。

「そしたら明後日のことは何か言ってる?」
「今は犬のフンを片付けるために袋を取りに行ったら罰金食らって最悪だってさ」

本当のことを

もっとみる
雨があがったら、それからは

雨があがったら、それからは

排気が漏れ出てきたら、さよならするのに足を上げましょう。カラカラ回るファンの音に耳をかたむけ、吸気と共にかすかに響く街の声に耳を貸せば。

淡い色のアジサイを這うカタツムリは、白い線をいくつも残しながら、背中に背負った運命のとぐろから漏れ出た悲しみも喜びも跡を残す。

火を消す雨は友達になろうとして空から落ちるも、避けられて終える未来の友に涙を流して別れを告げた。

ひとつながりの

ひとつながりの

「おそとがかちんこちん!」
「どうしたの?」
「おそと!」

窓の方らしい。雨が滴って、外がまだらだ。伝ったときの線からはちゃんと見えたりもするのだけど。

「全部がかちんこちんなの?」
「そう」

言いたいことはわかったのだけど。もはや興味がなくなったのは、子供だからかなあ。

「お外を舐めたらどんな味がするだろうね」
「おそと!」

この子がどうやって育っていくのか、少し楽しみ。思いついたこと

もっとみる
シャボンの国にて

シャボンの国にて

足元を確かめながら歩かなければいけないのだけど、どうにもぼくはそれが苦手だった。好きなものを好きなだけ、そんな言葉を誰が言ったのか。間に受けたやつも大概だけど、相手が冗談の通じないやつだって、言ったやつも考えなかったのか。

「ここ、危ないよ。大人になっちゃうの」
「落ちちゃうって?」
「あのね、ママが言ってたの。大人になると、太ると落ちちゃうって。あなたは女の子だからまだいいけれど、気をつけなく

もっとみる
せかいのよげん

せかいのよげん

赤、青、赤。
0、1、0。
紐付けは変わらず、合図に合わせて色味が変わる。送られる合図は定期的に切り出され、その都度別の意味づけがはじまる。
意味をつなげて切って、かけて余りを切り捨てて。伝えるための過程はとめどなく続き、伝わる相手は未だ求め続けられている。

雨垂れの波紋を計算し、花の色素を解き明かす。血の流れすら推し測ることができるなら、0と1からはじまるものは全て形を描くことができる。

もっとみる
むしゃみ

むしゃみ

くしゅん。
むずむずしたので、くしゃみをひとつ。
むずん。
くしゃくしゃしたので、むずみをひとつ。

「あんた、べらぼうにトンチキなくしゃみをするんね」
「西洋風のくしゃみでな、むずむずしたらくしゃみをして、くしゃくしゃするからむずみをするんでな」
「何言ってるね。トンチキなやつだよ」

どれひとつ、むずみでもしてやるかね。
あいや、くしゃくしゃしてきやがった。どうしたもんかね、難しい。
まったく

もっとみる
タオルが古くて

タオルが古くて

新しいタオルを買うことが苦手だった。綺麗でふわふわしているものを使っていると、自分がまるで少しいい人間に思えたからだった。あんまりいいものを使ってしまったら、きっとぼくは足元がおぼつかなくなるかもしれない。馬鹿みたいだけど、本当に怖くてだめなんだ。

「あんた、いい加減替え時よ。もう黒ずんちゃって。一緒に洗いたくないもの」

差し出されたタオルを前に、ぼくは思考を巡らせているけれど、答えはただの沈

もっとみる