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ひつじにからまって

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ひつじにからまっているものがたりたち
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2021年10月の記事一覧

くず紙ころりん

くず紙ころりん

丸めた髪が穴に落ちる。おむすびであれば持ち主は追ったかもしれないが、丸めた紙の主はそれを追おうとはしなかった。
穴の底には、眼鏡をかけたモグラが一匹。もはや捨て去られたも同然の丸めた紙がが頭に落ちる。

「いて、なんだろう。毎日のように」

紙はモグラのねぐらに降り積もり、溢れそうになってしまってからは横穴を作ってどかさなければならなかった。

「迷惑だなあ。黒と白、ねえアリさん、そこは狭くない?

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言い淀む

言い淀む

「いや、いささか。ああ、まあ」

歯切れの悪い言葉を並べるとき、いつも彼は良くないものを運んでくる。付け加えると、彼の悪いところはもごもごするばかりで本題に触れないのだ。

時間稼ぎと指摘されるくせに、手遅れになるまで決して口を割ろうとはしないのだ。楽しんでいるわけではなく、勇気を振り絞ろうとしているのだから尚更たちがわるい。

「早く言ってくれよ。教えてくれ、じゃないと大変なことになるんだろう?

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手を伸ばしても

手を伸ばしても

手が伸びて掴めたら嬉しく思う。
けれど、ぼくの足元は日陰ばかりで何もない。石くらいなら掴めるだろうけど、今までできてなかったから難しいのだろう。きっとできないかもしれない。

水を飲むことはできるけど、水をすくうことはできない。楽しい時間も、子供達がぼくの足元で歌って踊るばかりだ。それどころか、たまにぼくに何かを投げつけたり、祭りになれば痛めつけたりする時もある。

「あったかいね」

小さな女の

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いくらひっくり返っても

いくらひっくり返っても

昔に隕石が落ちたとかで街には周期的にひっくり返る現象が起きた。本当はそれだけで原因ではないと言われているらしいが、住んでいる身としてはなんだっていい。

「本日は重力水たまりの振動が臨界点を迎えようとしています。反転には注意しましょう」

天気予報のついでにそんなことが言われているけれど、生まれてからこの街の外に出たことがないせいで、これが日常になっている。テレビごしに普通の学校を見たことがあるけ

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無知なまじない師

無知なまじない師

夜空を眺めても星座については一切知ろうとしないまじない師と呼ばれた男がいた。男のために友人は詳しい人物を紹介しようともしたが、けっして彼らと交わろうとはしなかった。

「どうしてだい?新しい話でも生み出そうってか?」
「そうかもしれない。知ることで子供が社会に適応するのなら、ぼくは何も知らないままでいたい。こと星に関しては」

ときどき、男は近所の子供たちに自作の話を聞かせてやった。今日は巡り合わ

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あの少年に憧れて

あの少年に憧れて

彼の靴はいつも右足の底が削れ過ぎていた。それを見たものは、彼の服と顔つきを見ればすぐにあるものと結びつける。

「やってのける男にあえて名誉に思う」
「どうして危ないことをするの?」

彼のことを口にするとき、みなそれぞれの言葉を口にした。

「憧れていたんです。それで、わたしは彼のまねごとをした。それで少し太ももをやあけどしてしまったけれど、それでもわたしにとっては本望なのです」

その言葉には

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先人のたき火

先人のたき火

「さて、たき火でもして、コーヒーをいれようかな」

父の思い付きはいつもこんなふうに始まった。気まぐれに閃いては、気まぐれに挑戦する。私と弟はその挑戦の成果に預かるばかりであるけれど、父は家族に喜んでもらおうというよりも挑戦することを楽しんでいた。
そのせいか、実はわたしたちの中ではルールが決められている。それは簡単なことで、父が何に挑戦するかを宣言しなかったときには、わたしたちは関与しないとして

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ねじまきクジャク

ねじまきクジャク

ぎしぎしと鳴くネジは、孔雀の羽を支えていた。開こうとするその動作のたび、あと何度自分が鳴けばこの声は届くのだろうと言わんばかりに哀愁を含んでいる。

長い付き合いのナットは、俺こそお役御免と言わんばかりにゆるんでいた。繋がれた手が離されようとするように、かけられた負荷にすっかり白旗をあげている。

孔雀はこの兆しに気づけなかった。機構はなべて良きにはからい、ただいま満点の陽が天上に燦々としている。

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そとあそびびより

そとあそびびより

「楽しい時間がほしい」
なんでだろう。ぼくと向かいあってっているのに、すごくつまらなさそう。

あ、一騎やられた。
楽しくないのかな。
ぼくは楽しいんだけど。

「もっとおれは楽しいのがいいんだな」

きっと、もっと楽しいことを知っているのかも。こわい。わからなくてこわい。

「ちょっと田んぼに行かねえか?ないんだよ、おれのとこ」

すこし、こわくなくなったや。

ご清覧ありがとうございました。

木陰にて、歌詞のように

木陰にて、歌詞のように

汗の書き方に失敗なんかないって、ぼくらは太陽に身をさらした。
どっちが先に言い始めたのかなんて覚えてないけれど、疲れたときは一緒だったね。

ぼくの服がおろしたてと知っていながら、君は木陰に座ろうだなんて言い始めるんだ。まいったよ。きっと君がにやついているんだってわかっていたけど、ぼくは拒めなかったな。

「あんまり日焼けしているのだから、気にすることもないでしょ」

日に焼けるといけないからって

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夢を食べる蜘蛛

夢を食べる蜘蛛

夢の世界はすべて繋がっている。
蝶の背中を追いかけながら、蜘蛛はその言葉を思い返していた。

「別に僕は、好きでこんなことがしたいわけじゃないんですからね」

蝶は何を思ったか、ありもしない聞き手に対して言い訳をした。発作が起きればおどろかされ、調子が悪ければ会話のできない蝶の相手は蜘蛛にしてみれば面倒だった。しかし、蝶よりも夢の世界の渡り歩き方を熟知しているものもいない。

「ほら、着きましたよ

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スズムシとコオロギ

スズムシとコオロギ

「なあ、こんな話を聞いたことはあるか?」
「ないね」
「少し待ってくれよ。少しだけでいいからさ、付き合ってくれ」

コオロギはスズムシにお願いをする。気が乗らずにない声を上げ続けるスズムシに、コオロギは負けじと声を張り上げる。邪魔をされ立ち去ろうとするスズムシに、コオロギは追いすがった。

「なんだよ、早く言ってみろ」
「人間がさ、おれたちのどっちもをごちゃまぜにして虫かごに入れるんだよ」
「お前

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ハイド・アンド・スモーキング

ハイド・アンド・スモーキング

オフィス街にあろうと、彼らはその特性を生かして周囲に姿をなじませていた。それはもっぱら日常生活において、後ろめたいことをするときに活用されたが、自らの長所を活かすことには何の問題もないというのが大抵の彼らの主張だった。

入室用カードがかざされ、ドアの開錠音がなる。姿のぼやけた一名の社員がこそこそと入っていくが、自然に閉じるはずのドアは開け放たれたままパタパタされていた。待っていましたと言わんばか

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夢持ちのいい枕

夢持ちのいい枕

それは夢持ちのいい枕であるとか。進められて買ってみたものの、どうにも信用ならなかった。そもそも店主が胡散臭い。疑ってくださいと言わんばかりに丸いサングラスをかけ、黒い帽子を被っている。

「いい夢かはわからないものの、あなたの夢に秩序が生まれるかもしれません」
「それって、いい夢って言えるのか?」
「使用した人次第で答えは変わります」

うっすらと透けて見えるサングラスの向こうには、口調の柔らかさ

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