見出し画像

先人のたき火

「さて、たき火でもして、コーヒーをいれようかな」

父の思い付きはいつもこんなふうに始まった。気まぐれに閃いては、気まぐれに挑戦する。私と弟はその挑戦の成果に預かるばかりであるけれど、父は家族に喜んでもらおうというよりも挑戦することを楽しんでいた。
そのせいか、実はわたしたちの中ではルールが決められている。それは簡単なことで、父が何に挑戦するかを宣言しなかったときには、わたしたちは関与しないとしているのだ。ラーメンを作るときはひどかった。台所にしょっぱいにおいが充満するし、もう少しでできるからと夜まで何も食べることがなかったからだ。「空腹は一番のスパイスだから」そう言って、わたしたちの非難を退けた父の言葉をはっきりと覚えている。あのときは母がかんかんに怒っていたな。

父のあとに続いて、わたしは庭にくりだした。まもなく、わずかな木の枝とスコップを持ち出してくると、穴を掘り始めた。

「なにそれ」
「ダコタファイアーホールってやつで、たき火の一種だよ。北米のネイティヴインディアンがつかっていたんだって」
「ふうん」

手際よく準備は進められ、ようやく火がともされた。少し手先が冷えてしまっていたので、わたしは手をかざしてみたのだけど、それほど温かくはない。あたたまろうとして穴に手を近づけると熱いくらいで、暖をとることに関しては諦めなければならないほどだった。

「あったかくないね」
「うん、どうやら調理向きらしいね。ぼくも初めて知ったよ」

あきらめて、わたしは一度家に戻って厚着をした。興味本位で穴の中をのぞくと、穴の外の静かさに対して、火は土すら燃やしてしまうのではないかと思うくらいに煌々と燃えていた。

「感慨深いかも。ネイティブアメリカンは、こうして穴の中にある火を眺めながらコーヒーでも飲んでいたのかな」
「アメリカにコーヒーがはいったのが十七世紀ぐらいだってテレビで見たことがあるから、どうだろうね」

妙なところで細かくなる父の言葉に少しイラっとしてしまったけれど、今日はあたりの日であるような気がしたので、「そうなんだ」とだけ返事をしておいた。


ご清覧ありがとうございます。
よろしければこちらもどうぞ。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?