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夢持ちのいい枕

それは夢持ちのいい枕であるとか。進められて買ってみたものの、どうにも信用ならなかった。そもそも店主が胡散臭い。疑ってくださいと言わんばかりに丸いサングラスをかけ、黒い帽子を被っている。

「いい夢かはわからないものの、あなたの夢に秩序が生まれるかもしれません」
「それって、いい夢って言えるのか?」
「使用した人次第で答えは変わります」

うっすらと透けて見えるサングラスの向こうには、口調の柔らかさと相反した鋭い瞳がある。泳いでいればこちらも気圧されることはなかったが、思わず身じろぎするようなまっすぐな視線にすっかり打ちのめされてしまっていた。

仕方ない。購入してから、自分にそう言い聞かせる。もしかすると、本物の掘り出し物かもしれない。宇宙人と交流できるとか、永遠の命を手にすることができるとか、そんな突拍子もないことよりもまだ何かしらの現実味がある。
科学だ魔法だと言えるかもしれないが、つまるところ、それを認識する人間が舞台装置の一つとしてあるわけだ。ならば、大抵のことは人間ありきで運用されている以上、あとは程度問題なものだろう。

「レム睡眠を検知」

ふと、声がしたような気がした。しかし、夢を見た記憶はなくただ心地のいい朝が結果としてあるだけだった。「紛い物をつかまされたか」思わず口にした。

「レム睡眠を検知」

ふたたび声が聞こえたような気がした。今度は気のせいではないだろうと思いそのまま枕に身をゆだねていると、視界が開けた。

どこかもわからない雑踏。
壺から琥珀色の液体を救い上げ、尺を返して液体を戻す男。
金属と金属がかち合う音。

目が覚めたものの、何を見ていたのかが分からなかった。しかし、寝起きはあまり疲れがとれていないように思える。首の骨がパキパキと悲鳴を上げる。

「レム睡眠を検知」

次は何が来るのだろうか。期待はしていないが、あまり寝起きが不快にならない程度に枕には機能してもらいたい。

昨日と同じ景色があった。
空に虹の輪っかが現れる。
子供は目いっぱい手を伸ばし、大人は慌てて家に駆け込む。

何を意味しているかは分からなかったが、もしこれが自分にしか見えないものであるのなら、その世界は自分だけのために用意されたことになる。多少の疲れは残っていたが、続きが見たいと思ってしまった。

「顔色悪いね。大丈夫?」
「問題ないです。少し夢見が悪かっただけなので」
「あらあ。普段は人の夢見を悪くしていそうな性格して、意外と打たれ弱いのね」
「また冗談を」

夜にまた例の枕を使おうかと思ったが、少し気になって使うことをやめた。かわりに彼女が泊りに来ていたので、枕を譲ってどうなるかを確かめてみた。

「ねえ。なんだか不思議な声がした気がする」

朝になると、いぶかしむような様子で彼女が口にする。

「なにかった?」
「いや、何も見ていないんだけど、睡眠がなんちゃらって。ただそれだけ」
「ふうん」

黙って使わせたことは悪いと思っているが、ひとつだけ仕様を確かめることができたので、心なしか満足したような気がする。ただ、たった三日でも積み重ねた夢が消えてしまったことが虚しくなって、その日以来枕を使うことはなかった。


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